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クレマンスの告白~公爵夫人に”成り下がった”人生をやり直して、最愛の子を取り戻します  作者: 四ツ橋ツミキ
【第7章】力 ―鷲獅子を飼いならす交渉術

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1:「温室」からの脱却(2)




「私が欲しているのは王家の威信と、ちょっとした協力だけですわ。とりあえずではありますが、いちばん大きな問題点の解決に関しては、もうすでに手を打っておりますから」

「何についてのことかは分かりかねますが……王家からの口添えがもらえればそれだけで良いと?」

「最悪そのお返事だけでもすぐに頂ければ結構です。まあ、調()()にもご協力くださるという満額回答を賜れましたら、これ以上有難いことはないのですけれど」

「ストップ。わたくしに詳細を聞かせるなと申し上げたはずですよ」


 うっかり口を滑らせる作戦を実行しようとしたのがバレたらしく、ジャンは厳しい顔で私を見つめ、私の鼻先すぐそばで人差し指を立てた。


「さあ。どうなさいますか、ムッシュ・マルセル」


 ジャンの手に自分の手を置き、静かに下ろさせると、私は改めて背筋を整え、彼をまっすぐ見上げた。


「私を、拝眉(はいび)の趣旨を詐称した不心得者としてこの宮殿から叩き出しますか? それとも、先ほど控室でおっしゃったように面談の席までは責任を持ってご案内をして下さる?」

「……衛兵を呼ばれ、連行されても構わないと仰るのですか」

「そうなさりたいなら、どうぞ。私はただ失敗し、ヴェルレー家が破綻する可能性が大きくなる、という結果が残るだけですから。きっとあなたの損にも得にもならず、世界はこの先も良いように回り続けるでしょうね」


 ジャンは、私がどれほどの覚悟を持ってここに立っているか、ということに関しては読みを誤っていたのかもしれない。いままでならこちらをまっすぐに見下ろしていたであろうその瞳は、動揺をあらわすかのように、その視界を頼りなくうろついていた。


「わたくしには……職務を全うする義務がございます」

「ええ」

「あなたを面談の席まで案内するという約束は口頭で交わしたものであるため、破ったところで一瞬心が痛む以外は差し支えありません。しかし、異変に気付いていながら中に入ることを許せば、そちらの方は大いに問題となるでしょう」


 そこで言葉を切り、ジャンは眉間に深い皺を刻んだ。


「宮殿では感情で物事を判断しないようにするために、徹底したルールを設けているはずなのですがね。いまのわたくしは、そのルールを無視してでもあなたをこの扉の奥へお連れしたいと思ってしまっている」


 ジャンはそう呟くと、右手を背中の方に回し、胸に左手を当てて腰を曲げた。淑女や令嬢に宛てて見せるお辞儀にしては、その角度はずいぶん深いものになっているような気がして、私は小さく首を傾げた。


「交渉の場における、紳士流の儀礼です。わたくしが扉を(ひら)いたら、お顔を上げてご自分のタイミングでまっすぐ室内にお進みください」

「……ええ」

「椅子の傍らに立ったところで、中の者が腰かけるようお声を掛けます。そこで、いまわたくしがお見せしたお辞儀をし、椅子を引いて深く座って下さい。足を組んでもようございますが、クレマンス様、あなたには似つかわしくない態度ですので控えた方が良いかと」

「分かったわ」

「席に着いたら両手の手袋を外すことをお忘れなきよう。武器を持っていないこと、契約が成立すれば即サインをし、握手ができる体勢であることを示すのです」


 分かっている。まだ何も始まっていない、ということは。でも、なんとなく湧き上がった思いを込めてジャンを見上げると、ジャンは目をわずかに細めた。


「申したはずです、あなたは選択を間違えないと」

「……それはプレッシャーでしかないと、私は言いましたよ」

「期待をかけているわけではありません。ただわたくしの耳目に入った情報を精査し総合して、その答えを出しただけです」

「……」

「実際、ここまであなたの思い通りに事は運んでいるはず。違いますか?」


 そう問われてしまえば、うなずくしかない。ライ麦の回収に同意させるためにバリーの感情に訴え、父には”バリーの同意”をもって私の行動が正当であると認めさせた。ジュリアンから贈られたドレスを着ない理由付けもかなり強引な屁理屈を使ったし、この宮殿においても私はルール違反を犯している。


 何もかもが適切ではないし、間違いだらけのはずなのに。


「大丈夫。あなたはこの先も、間違えることはありませんよ」


 重ねて告げられたジャンの”お墨付き”に、私は笑顔で返した。


「ねえ、外した手袋はどうすればよいの?」

「そばのカフェテーブルに置くか、利き手と逆の手でお持ちいただくかの二択です。ポケット等に入れる仕草をすれば武器の所持を疑われて衛兵を呼ばれますし、床に落とすように置くと決闘申し込みの合図になりますので、どうぞお気を付けください」

「そんな恐ろしい事態になるというのに、気を付けるだけ、なんて生ぬるい。私、心にしっかりと刻んでおくことにします」


 私が神妙な顔でうなずくと、ジャンは少し表情を緩めた。


「ジャン」

「マルセルです」

「……気持ちは整いました。さあ、扉を開けてください」

「かしこまりました。ご武運をお祈りしております」


 ジャンの手が扉の取っ手に掛けられる。


「ヴェルレー伯爵家ご息女、クレマンス様のお見えです!」


 どこまでも響いていきそうな大きな掛け声ののち、グリフォンの描かれた黒檀の扉が、ゆっくりと開かれた。







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