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クレマンスの告白~公爵夫人に”成り下がった”人生をやり直して、最愛の子を取り戻します  作者: 四ツ橋ツミキ
【第7章】力 ―鷲獅子を飼いならす交渉術

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1:「温室」からの脱却(1)




 よいですか、皆さま方。


 決して案内人より前に出てはいけません。視線もまっすぐ前ではなく、案内人のかかとを見つめるくらいの高さで。手の位置はお腹の前、胸の下辺りを支えるように、左手を上にして重ねるのです。


 よいですか、皆さま方。


 決して開けられた扉から中を覗き込んではいけません。視線はあくまでも斜め下に置き、お声掛けがない限りは”待ち”の姿勢を崩しませんよう。この姿勢については先週学んだところですが、体に叩きこむためにもおさらいをしておきましょう。


 よいですか、皆さま方。


 カーテシーはできる限り頭が低くなるよう、深く膝を曲げなさい。あなた方に課せられているのは、権力、財力、軍事力をいかに華やかに彩るかということです。室内にあるどの装飾品よりも美しく、控えめでありなさい。その微笑がこの王国の安寧を守り、繁栄を促進しているのだという自覚をしっかり持つのです。


 王立オランドール学院の北奥にある白亜の建物、淑女研鑽塾(けんさんじゅく)。”温室”と呼ばれるそこでは、未来を担う権力者たちの添え物となるべく、年頃の令嬢たちがこういった教育を受けていた。


 壇上に立ち、室内を見渡しながら声を上げていた講師の様子を思い出す。


 淑女たるもの、常に慎み深くありなさい。よいですね、皆さま方。


 何百回と繰り返されたその言葉に対し、私たちが唯一許された返答はどんなものだっただろうか。


 息を一つ吐いてから、グリフォンが向かい合うローレリーフの扉をジャンの肩越しにじっと見つめる。この先に足を踏み入れたら、もう後には引けない。その事実は私の肩に圧し掛かり、重みでつい背中を丸めそうになった。


「ジャン」


 気持ちを引き締めるように、お腹に力を入れてそう声を掛ける。想定していたよりも大きな声が廊下をこだましたためか、すごい勢いでジャンがこちらを振り返った。


「マルセルです。よろしいですか、わたくしのことはマルセル、と」

「だ、大丈夫。そんなに目くじらを立てなくてもちゃんと分かっていますってば」

「分かっておられないから先ほどから何度も注意をしているのです。次また同じことをなさったら、ヴェルレー家に正式に苦情を入れさせていただきますからね」


 未来でとんでもないことが起きてヴェルレー家が破綻することに比べたら、つまらないことで宮廷から厳重注意を受ける程度のことは別に痛くもかゆくもないけれど。


「ごめんなさい。気をつけます」

「気を付ける? 生ぬるいですね。心に刻みつけておいてください」


 そうジャンに凄まれ、小さくなりながら何度も細かく首肯する。ジャンはしばらく強い眼光を緩めないまま私を見下ろしていたけれど、呆れたようにため息をつき、扉の方へ向き直った。


「待って」


 ドアノブに手を掛けたところで、その背中にそっと触れる。軽く振り向いたジャンの目は恐ろしいほど冷たく光っていて、私は怯んでつぐみそうになった口を何とか押し開けた。


「扉を開けたら、私が先に入室しますから」

「……」


 私の言葉に、ジャンの表情の色合いが変わった。


「私のことはヴェルレー伯爵家からの使者だと思ってほしい。だから、それに準じたかたちで案内をして頂きたいの」

「それは……何を意味するかお分かりなのでしょうか」


 問いかけに迷いなくうなずいてみせると、ジャンはドアノブから手を下ろし、私とまっすぐ向かい合うように振り返った。


「使者であればまず書簡を送っていただき、なおかつ王家が返答をしてから訪問日時を調整する必要があります。正式な手続きを踏まずにこの部屋に入れば、あなたは強盗とさして変わらない扱いをされるかもしれないのですよ」

「ええ、甘んじて受け入れます」


 私の返答に納得がいかなかったのか、ジャンは先ほどよりもさらに分かりやすい呆れ顔をし、ゆるく首を横に振った。


 強盗呼ばわりされるのはもちろん心外ではあるし、ヴェルレー家は許されざるルール違反を犯した、なんて、宮廷からの厳重注意よりも取り返しのつかない噂が立つ可能性だってある。でも最悪の事態を免れるためならば、なりふりなど構っていられないのだ。


「クレマンス嬢、ここはまず面談を突破することだけをお考え下さい。あなたの立場うんぬんはどうでもよいことです。王太子殿下との顔合わせが目的なのであれば、」

「目的がそこではないから、私は強盗まがいのことをしようとしているの」

「は……?」

「これは緊急事態だと分かってもらうためです。私は王太子殿下との婚約を夢見る令嬢としてではなく、切実な訴えを携えた使者として中の方と向き合いたいのです」


 眉根を寄せて、私を見下ろすジャン。何でもお見通しのはずの彼が、私の真意を見つけられずに困惑している。


 その様子を見て、私はにっこりと微笑んで見せた。


「交渉相手は、何も王太子殿下でなくても構わないのですよ。王室を動かすことができる方なら、ムッシュ・マルセル、あなたでも」







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