7:伏兵の正体(1)
甘い香水の香りに混じって、お酒の匂いがふわりと漂う。頬や耳たぶは赤く染まっており、瞳はトロンととろけているようで、結構な量のシャンパンを飲んだのではないかと思わせるような様子だ。
「お知り合いですか」
「ええ、そうなんです」
立ち上がったセレスティーヌに視線を向けてはいるものの、ジャンの問いはおそらく私に宛てられたものだ。でも、それに対して答えを返したのは私ではなかった。
「以前、ちょっとしたお茶会でご一緒させていただきましたの。当時はまだ右も左も分からないような若輩者だった私に、とても良くしてくださって……ね?」
意識ははっきりしているらしく、とんちんかんなことを言っているわけではない。それなのに、首を小さく傾げてこちらを見つめ、同意を求めるセレスティーヌに対して、私はすぐにうなずいて返すことができなかった。
本当に、私たちはそういった出会いをし、交流をしたのだろうか。
すべてを覚えているわけではないけれど、可能な限り思い出せたお茶会の景色の中に、彼女の姿はなかったように思う。
ヴェルレー伯爵家は国内でも名が通っているから、彼女が私を一方的に知っていてもおかしくはない。でも、私の方はどうだろう。ジュリアンが第二夫人として彼女を紹介したのが初めての出会いなのだとしたら、いまの時点で私は彼女の名を呼ぶべきではなかったのではないか。
「また折を見てご挨拶にうかがいますわ、クレマンス様」
何も答えない私に、セレスティーヌはやわらかな笑みを浮かべたままそう言った。
「その時はもう、”公爵夫人”の肩書をお持ちなのかもしれませんけれど。子爵家の小娘など、と門前払いするのは、どうかご勘弁くださいましね」
「……!」
公爵夫人、という言葉に驚き、瞠目して彼女を見つめる。
やっぱり、そうなのかもしれない。死んで時間をさかのぼったのは私だけではなく、セレスティーヌも――
「このお見合いを無事終えたら、公爵閣下とご婚約なさるのでしょう?」
「え……」
「ヴェルレー家が慣例を守って王家を優先なさったというお噂は、我が家のような末端の者の耳にも入っているくらいに広まっておりますわ。ロアン家は公爵閣下に大変良くして頂いていていることもあって、父がまるで我が事のように喜んでおりましたのよ」
私が差し出した手に自分の手を置いたままだった彼女は、両手で包むように握り直し、自らの胸元へ引き寄せた。
「結婚式はお身内だけでひっそりと、なんておっしゃらずに盛大に執り行ってくださいましね。父は閣下の晴れ姿と、その伴侶となる方を見たいと申しておりますの!」
「いえ、あの……まだ婚約は成立したわけではございませんから」
「成立したも同然です! 巷は既に祝福ムードが漂っておりますし、新聞社はいつでもトップニュースとして取り上げられるよう、一面の記事を準備しているそうですから!」
「ああ、そう、なのですか……」
「ぜひ結婚式の招待状を、と申し上げたいところですけれど。まあ、さすがにサントクロワ家とヴェルレー家という大貴族の挙式に弱小子爵が顔を出すのは、父も気が引けるかと思われますので」
「……」
「成婚パレードをして頂けましたら、父もおふたりの門出を祝えます。煌びやかなリュミエール通を利用するのはどうです? あのきらめく白いグラニットの大通りなら、パレードを開催するに相応しいかと」
「クレマンス嬢」
さらに話を広げようとしたセレスティーヌを制するように、ジャンが低く引き締まった声を上げた。




