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クレマンスの告白~公爵夫人に”成り下がった”人生をやり直して、最愛の子を取り戻します  作者: 四ツ橋ツミキ
【第7章】戦車 ―死線を越えた駒ふたつ

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5:カナッペで乾杯




「いや、お待ちください」


 私が話し始める前に、従者は少し慌てた様子で私の口元辺りをめがけ、手をかざした。


「わたくしは一介の従者です。伯爵家の方が、王太子殿下のお耳に入れるべきだとご判断なさるほどの内容のことに、わたくしが関わるわけには参りません」


 信じて足を乗せた枝が、鈍い音を立てた時のことが思い起こされる。枝先は下方へと角度を変えていき、支えを失いつつある時の、このまま落ちてしまうかもしれないという恐怖。


 あの時は何とか幹にしがみつきながらゆっくり着地したけれど、今日は何があっても降りるわけにはいかない。


 私はいったん自分をリセットするように強く目を閉じてから、改めて従者を見上げた。


「関わって頂かないと困ります! いま私が頼れるのはあなた様しかいないのに!」


 従者の眉尻が、困ったように下がっている。剣幕に圧されているというよりも、さっきまでたおやかさを保っていた私の態度の急変に戸惑っているようだ。


「どうすればご協力を賜れますか。あっ、いっそお友達になるというのはいかがでしょうか!」

「……え?」

「そうです、それがいいですわ! おいしそうなカナッペやシャンパンもありますし、ゆっくり座るソファもある。あれらを頂きながら語り合いましょう。その中で、私が王太子殿下にお伝えしようと考えていたことをうっかり話してしまいますから」

「ご勘弁ください。わたくしはいま、業務中でありまして」

「休憩時間ということになさいませ。お酒はダメでも、チーズをつまむ位ならお付き合いできるでしょう?」

「いや、あの……本当にご勘弁いただけませんか。業務中であるなしに関わらず、こういったことに加担するのは」

「私はクレマンス・ヴェルレーと申します。今日お会いできたこと、心から、本当に心の底から嬉しく思います。……さあ、次はあなた様の番ですわ」

「は……?」

「さあさあ、ほら、お早く。お友達になるにはまず、お互いに名乗り合いませんと」


 強引に迫る私に、距離を取ろうとして一歩ずつ下がっていく従者。壁際まで追い込まれ、いよいよ行き場を失くした彼は、呆れたように大きくため息をついた。


「……お見合いの前に、面談があることはご存知でしょう」


 なおも迫ろうとする私から回避するように、彼は身をひるがえして壁際から脱しながらそう言った。


「その担当の者は、王太子殿下とかなり近い立場にある人間です。お話しなさりたいことがあるなら、その者に伝えるのが良いかと」

「……私は、あなたにお話を聞いて頂きたいのですけれど」

「これで三度目ですが、あえて申し上げます。それは本当に心の底からご勘弁いただきたい」

「ええー、そんな……そこまで嫌がらなくても」


 私がしょんぼりと肩を落とすと、再び頭上からため息が聞こえてきた。


「……マルセル」

「え……」

「ジャン=クリストフ・マルセルと申します。面談のお席までは必ず、わたくしが責任をもってご案内いたします。その先のことは、あなたの力量でどうにかなさいませ」


 さすがに、王太子まで繋いでもらうのは難しかったか。そう理解はしながらも、もっとうまく押せばいけそうな雰囲気だったようにも思えて、なんだか悔しい気持ちが湧き上がってくる。


 面談までの確約を手にできたのは及第点だと言っていいだろう。落としどころを見誤って無理に踏み込めば、何とかもぎ取ったこの機会を失ってしまう可能性があることは分かっている。


 でも、あと、もう少しだけ。一歩とは言わない、半歩、0.25歩くらいなら。


「分かりました。では、ジャン。お近づきのしるしに、カナッペで乾杯しましょう」

「カナッペは乾杯するものではございません、ただつまんで一口で頬張るものです。……あと、わたくしのことをそのように呼ぶのは」

「大丈夫、この部屋から一歩外に出れば、ムッシュ・マルセルとお呼びします。だから……いまは”ジャン”と”クレム”の関係でお話しして頂けるとうれしいのだけれど」

「あのですね……」

「だめですか?」

「だめです」


 期待を込めて踏み出しかけた0.25歩を、ジャンの冷たい一言がぴしゃりと跳ね返した。


「じ、じゃあせめて、ちょっと座って雑談するだけでも」

「座ったら最後、あなたはつい”うっかり”口を滑らせてしまうのでしょう。はっきり言いますがわたくしは、わたくし自身に何の利益ももたらさないであろうヴェルレー家の問題に、首を突っ込むつもりは毛頭ございません」

「そんな……」

「欲張ればすべて失うことになりかねませんよ、()()()


 たくわえられた髭のせいで、その口元がどんな形を取っているのかは分からない。でも、これまで射抜くような眼光を湛えていた目は、なんとなく穏やかに細められているように見えた。


「ではさっそく、わたくしの勤めを果たしましょうか」

「え?」

「参りましょう。応接間までご案内いたします」







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