2:揺籃と峻別
「皆さま、本日はよくお越しくださいました。また、先日お贈りくださったご進物に関し、国王陛下より厚き御礼の言葉をお預かりしております。あるじに代わり不詳わたくしめが、この場で心より感謝申し上げます」
宮殿の正面翼棟の入り口前で、立派なひげをたくわえた従者のひとりが胸に手を当て、恭しく頭を下げながら歓迎の言葉を口にした。
「お付き添いのエルネスト様、マリークロエ様は特別応接室へ。本日ご招待をいたしましたクレマンス様は、わたくしが控室までご案内をさせていただきます」
「よろしくお願いします」
父が頭を下げ、指示された従者の後を追従する。母はその後に続く前に、私に向かって満面の笑みとウインクを投げてよこしてくれた。そのお茶目な表情に心が緩んでいくのを感じつつ、2人のうしろ姿を見送る。
「参りましょうか」
促され、こちらに背を向けて歩き出したその従者の後について、私も宮殿内へと足を踏み入れた。
廊下の両脇に等間隔に並ぶ衛兵。そんなことは起こり得ないとは分かっていながらも、携える槍の切っ先がこちらに向かないようにと祈りながら歩く。
ジュリアンに連れられてきたときは、ここで左に折れて絨毯の廊下を通り、王妃の居住棟へ続く”揺籃の階段”を上がっていたのだけれど。
「クレマンス嬢、こちらでございます」
そのまままっすぐ、白と黒の正方形が並ぶ大理石の広い廊下を突き進んでいく。この先に続いているのは、確か――
「峻別の、階段?」
「王国の実務と権威を直接担う者、あるいはそうなる未来を予感させる素養が備わった者だけが上ることを許されているんだ」
「選ばれた方だけが案内される場所、ということですね」
「そう、”峻別”の言葉通りにね。こちらの絨毯敷きの床面とは違って、冷たく固く、滑りやすい。段の高さが通常より高めに取られたりもしているらしくてね。蹴落としの階段とか、試練のきざはしなんて呼ばれることもあるそうだよ」
「まあ……。実際に蹴落とされた方はいらっしゃるのかしら」
「さあ、どうだろうね。でもそんな渾名がつくということは、みっともなく転げ落ちた者が過去いたのではないかな」
冷笑を浮かべてそう言っていたジュリアン。
”取られているらしい”だの、”あるそうだ”だの、誰かからの伝聞をただ披露していただけのあの男は、きっと真には理解していないのだろう。どれだけ覚束ない足元でも優しく受け止めてくれる厚い絨毯ではない、自分が踏みつけた力がそのまま返ってくるかのような固い大理石の階段を上るのが、いかに過酷なものであるのかを。
それを知るのはおそらく、今の私のように最後の一段まできっちり上り切った者だけなのだ。
「軽快な足取りでございましたね」
従者からのエスコートを受けていた私は、その肘に通していた手を下ろすと、曖昧に微笑んで首を横に振った。
「軽快だなんて、とんでもないことですわ。ほら、こんなにも息が上がってしまって……」
「ここを上る方はだいたいが、途中の踊り場に設えてあるソファで一時休憩をなさいます。重く裾を引きずるドレスと細いかかとの履物をお召しのご令嬢は特に、その傾向が強うございまして」
彼はそう言うと、私の装いの上から下までを確認するように、一瞬視線を動かした。
「裾をさばく必要がない丈のスカートに、高さはあれど太くしっかりしたかかとのブーツ……まるで建造物かのごとき骨組みも着けておられないようですね」
特に返答をする必要はなかったのかもしれない。でもその従者の言葉から、漠然とした敵意のようなものを感じ取った私は、つい口を開いてしまった。
「日時以外は何もお知らせ頂いていない状態でしたので、宮廷マナーに反しない装いでこうして馳せ参じたのですが……何かお見苦しいところがございましたでしょうか」
衣装の指定があるなら招待状にハッキリ書き付けろ、という思いを込めつつ、それでもなるべく穏やかな態度を心がけてそう尋ねる。私の密かな抗議が伝わったのかどうかは分からないけれど、それまで真顔を保っていた従者がピクリと眉を動かした。
「……いえ、その点についてはまったく問題ございません」
「ではマナーについてではなく、別の事柄において何ごとか仰りたい、ということですね」
間髪入れずの指摘に、従者の眉山がわずかに上がる。小娘の物言いに不快感を覚えているのか、引き下がることなく踏み込んで事情を聞き出そうとしたのが想定外だったために驚いたのか、彼の心情は読み取れない。ただ口をつぐんだまま微動だにせず、ひたすらこちらまっすぐ見つめているので、私も黙って彼をじっと見上げてやった。
「ただの案内役でしかないわたくしが申し上げられるのは、ここまでです。不快な思いをさせてしまったなら謝罪いたします」
「……あなた様の事情については承知いたしました。謝罪は受け入れましょう」
私の言葉に対し、従者は胸に手を当てて頭を下げた。




