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クレマンスの告白~公爵夫人に”成り下がった”人生をやり直して、最愛の子を取り戻します  作者: 四ツ橋ツミキ
【第7章】戦車 ―死線を越えた駒ふたつ

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1:グリフォンの審判門




 王都オランドールは、中央に向かうにつれてなだらかに土地が高くなっていく。王都内でいちばん高い位置、”王の丘”と呼ばれる場所に、このオランドール宮殿は建立されていた。


 ここに来たのは、今世ではこれが2度目だったはず。


 ”はず”としか言えないのは、死に戻り前の公爵夫人だった頃は数えきれないくらいにしょっちゅう登城していたためだ。王妃ベルティーユはジュリアンの叔母であるとともに、育ての母でもある。幼い頃に実の母親を、成人直前に父親をも亡くしたジュリアンにとっては唯一の肉親であったからか、折を見ては王妃のご機嫌伺いのために宮殿へと足を運んでいた。


「この広さ……いつ見ても壮観ね」


 窓からそっと外を覗きながら、母が呟いた。


 いま馬車が走り抜けているのはオー・デ・フイユ広場だ。左右の翼棟と前方の正門に囲われたこの広大な広場は、昔は広葉樹が立ち並んでいたという。秋になり、真っ赤な落ち葉が地面を彩る様子を”紅葉の洪水”と表現した初代国王が名付けたのだそうだ。敵の視界を遮り、大きな戦車や重火器を持ち込みづらくするという防衛手段として植樹されていたらしいけれど、戦争から遠のいた今はその木々の面影はない。


 広場を哨戒する近衛兵の一糸乱れぬ行進が景色と共に後ろへと流れていき、馬車はいよいよ正門へと近づいていく。


 大きく口を開ける、通称”グリフォンの審判門”。アーチの上に伸びる階層のいちばん上に、王家の紋章であるグリフォンと太陽のレリーフが掲げられていることから、そのように呼ばれている。


 何度も通ったこの場所に感動もなにもあったものではない……と言いたいところだけれど、今日に限ってなぜか、紋章のグリフォンに畏怖の感情が湧き上がる。


 私に落とされるのはグリフォンの持つ剣か、それとも祝福の一羽か。


 審判の口に飛び込む瞬間、ふとそんな考えが浮かび、私は乾いた唇をかみしめた。


 アーチをくぐると車輪が砂利を噛む騒がしさはなくなり、代わりに、整然とそろえ置かれた石畳を踏む馬のひづめの音が響き始める。唐突に訪れるこの静けさは、まるで深淵に近づいている合図のように思えて、何度経験しても慣れることはない。


「元気がないようだが……大丈夫かい、シィ」


 正面に座る父がそう声を掛けてくれ、私は迷うことなく大きくうなずいてみせた。


「アーチの下を通っているせいで日の光が遮られているから、暗く見えるだけのことです。元気じゃないどころか、王家の方をどう攻略してやろうか、なんてちょっとワクワクしているんですよ」


 半分の嘘を交えながらの答えを、父は素直に受け取ってくれた。きっと何かしらの異変は感じていたと思う。でも父が心配すると、母はその倍の勢いで不安がってしまうから、そうやって笑顔を向けてくれるのはとてもありがたかった。


 立ち並ぶ石造りの巨大な円柱、その最後の二対が車窓を流れ、再び日の光の下に出るこの瞬間はいつも目がくらんでしまう。だから私はいつものように、日光が車内に差し込む直前、そっとまぶたを閉じた。


「――何度も言うようだけど、俺はべつにお前に興味があるんじゃねーの」

「わ、分かってますってば」

「遊ばれてんだぜ? 俺の欲求を満たすためだけに抱かれるってこと、ホント分かってんのかね」

「だから、分かってるんです。それでいいから、その、最後まで……ってお願いしているの。あなたこそ何度言ったら分かってくれるんですか」


 彼が吐き出したため息の音が途中で途切れたのは、私のせいだ。酔った勢いと苛立ちに任せて私が身を乗り出し、口付けたから。だからこの人はため息を途中で止めざるを得なくなったのだ。


「へったくそ」

「う、うるさい」

「本命のヤツに可愛がってもらえるようにって、俺が直々に指南してやってんのに。いつになったら上達するんですかね、おじょーちゃんは」


 肩を押され、そのまま後ろにのけぞるように倒れ込んだ私を、その人は意地悪な笑みを浮かべて覗き込む。


「しゃーねえな。今日はもうちょっと先のとこまで教えてやるよ」

「え……」

「こないだみたいにみっともなく泣くんじゃねーぞ。かわいい声で鳴け」

「なく……鳴く?」


 眉をひそめた、その直後。彼が煽った安酒が、私の口内に流れ込んだ瞬間――


「エルネスト・ヴェルレー伯爵! マリークロエ・ヴェルレー伯爵夫人! クレマンス・ヴェルレー嬢、ご到着です!」


 そんな声が馬車の外から響き渡り、私はハッと我に返った。


 まもなくドアが開かれ、真っ赤なジャケットと揃いのトラウザーズ、という鮮やかな制服を身に着けた王室のフットマンが、降り口に踏み台を置く。


「いよいよね」

「ああ。飛び込むぞ、魔窟に」


 息を強く吐き出し、父が率先して車外へと降り立った。次に父のエスコートを受けて母が降り、最後に残った私も腰を上げる。


「――!」


 視界がぐらりと斜めに歪んだように感じて、私は慌てて座席に手を付いた。馬は大人しくしているし、ヴェルレー家のフットマンが乱暴に降りた気配もなく、馬車が揺れたせいでよろめいたとは考えにくい。


 まるで、悪いお酒を飲んだ時のような不快感。


 アーチの下を抜けてきたときに見えたのはただの記憶のはずで、決していま、あの安酒を飲まされたわけではないのに。


「……クレマンス?」


 まだ何も始まっていないこんな場所で、ぼんやりしている暇はない。父が公の場での呼び方をしてくれたお陰で、気持ちが引き締まったように感じた私は、何とか姿勢を整えてドアの向こうに足を踏み出す。


 父の手を取り、石畳を踏みしめた瞬間。


 場が静まり返った。


 こちらに一斉に注目する、王家の従者の人々。公爵からの婚約申し入れを蹴ったヴェルレー家の令嬢がどんな装いでこのお見合い、もとい、記念イベントに参加するのかを見てやろう、おそらくそんな心意気で視線を向けられるだろうことは覚悟していたけれど。


「シィ、笑顔よ」

「え」

「皆さまに笑顔を向けなさい。そして堂々と胸を張って。大丈夫、今日のあなたは、いままでの中でいちばん美しいわ」


 母の囁きにうなずき、一つ息を吐き出す。


 深い青のスカートは、いつものように大きくは広がらない。首まで覆い隠す隙のないボディスも、胸元を揺らすことはない。


 きっとこの場では、優雅さも艶やかさも削ぎ落した私の装いは、受け入れられるものではないだろう。


 それでも私は私の決めた道を疑ったりはしない、その思いをいま一度心に強く留め、父の差し出した肘元に手を通した。





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