5:ルシウスを、返して
「ああ、やっぱり……ようやく触れられた。完璧だった頃は畏れ多かったけれど、今の君なら」
そっと口付けられたことに驚き、思わず身を固くする。瞠目して固まる私に、ジュリアンは昔のような優しい笑みを向けた。
「愛しているよ、クレム。僕の女神、ずっとずっと憧れていた。僕の下賤な愛欲で君を穢してしまうことがおそろしかった。君には、永遠に美しいままでいてほしかったから」
そう言いながら、何度も繰り返し口付ける。その行為はだんだん熱を帯び、固く閉じたすき間を舌でこじ開けられた時になってようやく、私はジュリアンの唇に噛みついて抵抗をした。
「ごめん、やけどが痛かった? それとも驚かせちゃったかな。なにせ、僕たちの初めてのキスだからね」
唇に浮いた血を舌で舐め取り、口の端を上げるジュリアン。いまのキスだけで終わらせる様子がないことを感じ取った私は、あちこちに痛みが走る体をなんとか動かしてベッドから降りようとした。
「ああ、ダメダメ、無理に動かないで。君は全身にやけどを負っているんだよ。ただれた肌は元通りにはならないかもしれないけれど、傷を治すためには安静にしていないと」
言うや否や、私をベッドに押し倒すと、ジュリアンは上着を脱ぎながら私にまたがった。
「心だけじゃない、体もずっとほしかったんだ。よその男に奪わせたことは許せないけれど、その証となるものはもうない。だから、ぜんぶ水に流してあげる」
恍惚とした表情で言うと、ジュリアンは私のあごを乱暴に掴み、今度は深く舌を差し込む口付けをした。さっき噛みついた時の血の味が口の中に広がる。
昔、あれほど望んだはずのジュリアンとの触れ合い。いまは嫌悪と恐怖しか感じない。なのに、痛みと苦しさでまともに力の入らない体では、ジュリアンを突き飛ばすことなんて到底できず、私は強く目をつぶってこの時間が早く過ぎますようにと心の中で祈るしかなかった。
「これから毎日、君の体を僕で満たしてあげる」
私の中で精を吐き切った後、ジュリアンが満足げにそう言った。
「公爵夫人としての役割なんて、もう気にしなくていいよ。いまや第一夫人の地位はセレスティーヌのものになったからね。跡取りにしても、セレスが生んだシャルルがいる。君はただ僕の愛を一身に受けて、それに溺れてくれればいい」
これからこんな日々が続くのか。ジュリアンの一方的な愛欲に侵食され続けるという、絶望的な未来を想像した私は、あふれて止まらない涙をぬぐうこともせずにただ天井を見つめた。
「泣かないで、僕の女神。君は変わらず美しいままだ。完璧さは失われたけれど、それを悲観することはないよ」
静かに泣く私の思いをどう勘違いしたのか、ジュリアンは労わるように頬をそっと撫でた。
「そうだ、子どもを作ろう。君が欲しいだけ、いくらでも生ませてあげる。こんどは正真正銘、僕と君の子どもだからね。きっとめいっぱい可愛がってあげられるよ」
私は目を閉じた。この人から与えられるものなんて、何もほしくない。公爵夫人としての立場も、肌を重ねることで生まれる愉悦も、今の情事でできるであろう子どもも、すべてどうでもいい。
私が求めるのは、ルシウスだけだ。あの子が手に入れるはずだった未来を、どうか返してほしい。そのために私の命が必要だというなら、惜しみなく差し出せる。もっと多くの命が必要なら、この手を汚すことだって厭わない。
だから――
「ルシウスを、返して」




