6:袋のネズミは猫を噛む(3)
「とにかく、あのドレスをお見合いで着なかったことが分かれば、マリーの言ったように公爵はこちらの礼儀がなっていないと責めるだろう。そしてこの先も、くだらないことで少しずつヴェルレー家の名に泥をかけ、立場を失わせ、弱らせていくつもりなのだろうな」
「それじゃ、やっぱりあのドレスを着ないという選択は……」
「いいえ!」
口をついて出たその言葉は、金切り声に近いかたちで声が室内に響き渡った。まるで真実に気づいたあの頃の私が悲鳴を上げたようだと思いながら、ゆっくりと顔を上げる。
「絶対に着ない。あいつの思惑通りになんか、事は運ばせませんから」
驚いたようにこちらを見つめる両親に向かって、私ははっきりとそう宣言した。
自分を俯瞰して見るような、それでいて自身の深いところから自らを見上げるような。そんな奇妙な感覚に襲われながらも、決して自分の立ち位置を見失わないようにしっかりと自らの足に体重を乗せ、姿勢を整える。
「私が明日登城するのは、ヴェルレー家に差し迫っている危機的状況を乗り切るための政治的交渉に当たること、それを目的としています」
「え……ええ!? シィ、それはどういう」
「そうですよね、お父様!」
私の問い掛けに、父は母の視線を気にしながらも慌ててうなずいてみせた。
「お見合いではない、つまり明日は、公爵に贈られたドレスを役立てる機会ではないということです」
自分の言葉に大きくうなずき、まっすぐ前を見据える。視界の端に困惑した表情の母と笑いをこらえる父の姿が映り、私はつられて緩みそうになった頬を引き締めるために、強めに唇をかみしめた。
「な、なんだかよく分からないけれど……エルネスト、それは通る理屈なの?」
「ああー……まあ、通してしまっていいのではないかな。……いや、すまん。笑うところではないと分かっているのだが」
そこまで言ってから更に可笑しさがこみあげたのか、父は後ろを向いてうつむき、肩を震わせ始めた。
「女性らしい盛り上がった胸も細い腰も、豊かなお尻も必要ありません。ありのままの私の姿かたちで、明日は挑みとうございます。ですから、お母様」
「えっ、あっ、はいっ?」
「私が強い私でいられるような、そんな素晴らしいドレスを一緒に探しましょう。グリフォンの紋章に負けない、強いドレスを!」
天を衝く力強い拳と共に放たれた私の提案に、母はまだ戸惑った様子を見せていたけれど。
「ええ……。ええ、そうね! これはあの男を見返すチャンスだと捉えましょう! つまらないトラップを仕掛けたこと、これ以上ないくらいに後悔させてやるわ!」
母も私と同じように、握りしめた手を上へと突き上げる。急にやる気を充填させた私たちの様子を一瞥して、父はとうとう本格的に声を上げて笑い始めてしまった。
「さあ、お父様も。いつまでも笑っていないで、ご協力くださいな。交渉の場というものをよくご存知のお父様にも、アドバイスをいただきたいの」
「うん、分かった分かった。私もしっかり協力しよう」
「いい加減笑うのをおやめになって、エルネスト! 戦いに向かうための装いを、真剣に考えなければいけないのよ!」
そう、ジュリアンごときのつまらない妨害につまずいている場合ではない。何せ私は、王家の人間と相対してこちらの要求をすべて飲ませるという使命を負っているのだ。
この使命、絶対に成就させてみせる。そんな決意も新たに、私たちは衣裳部屋へと勇み向かった。




