6:袋のネズミは猫を噛む(2)
日にちがない中で母が懸命に選んでくれたあのドレスは、ウエストの細さを強調するための固いコルセットと、大きくスカートを広げるための輪骨入り下着が必要な窮屈なものだけれど、私にとっては大切な思い出を彷彿させるような色合いをしていた。
太陽と雨、そして吹き止まない風が強く育てた、どこまでも続く大草原。ジュリアンの束縛から逃れて、ルシウスと2人で生活を営んだあの場所、あの日々を象徴する鮮やかな緑をまとえば、きっとどんな状況下でも心を奮い立たせられる、そう思っていたのに。
「嫌がらせ、でしょうか」
「……否定はできない」
つい数時間前、強引にジュリアンに引き寄せられた感覚が何となく蘇った気がして、触れられたところを強く拭う。
「もしくは、私たちがどういう立場にあるかを思い知らせたかったのか。両方を目的にしていたことも考えられるが――」
父はそこで口を引き結ぶと、力なくうつむく母の方にそっと歩み寄り、優しくその手を取った。
「何にしても……マリー、落ち込んでいる暇はないよ。明日のドレスを選び直さなければ」
「……」
「ほら、あのドレスはどうかな。以前、グレゴワール男爵が主催した晩餐会に参加した時の……」
「お見合いに役立てろと、公爵はそう言ったのでしょう」
姿勢を変えないまま、母がポツリと呟いた。
「あの男は、ドレスを受け取ったなら、贈り主の意に沿うべしというくだらない暗黙のルールを持ち出して、ヴェルレー家を追い詰めるつもりなのよ。私たちが選んだドレスを取り上げたのだって、準備したものがあるから着なかった、という言い訳を潰すためだったのだわ」
「マリー、それは」
「シィは選択肢を失ったのよ。私が、あの箱を開けてしまったせいで……私が余計なことをしたばかりに……!」
「違う、あれは君の失態などではない。仕組まれていたことなんだ」
母の顔を覗き込み、父はなだめるようにその肩を撫でた。
「ドレスを部屋に運ぶよう言いつけたメイドが、事情を打ち明けてくれた。箱を置く際、細いわらくずのようなものが垂れ下がっているのに気づいたらしくてね。それを取り除こうとしたら、同時にリボンが引っ張られて封蝋を割ってしまったのだと」
「え……」
「君が箱を開ける前から、あれはすでに開封済みとなっていたんだよ」
自分に落ち度があったせいでこんな状況になったのではない、それが判明しても、母の表情に安堵の色は戻らない。むしろ更に悪い方向へとその感情が向かっているような気がして、私は引き留めるかのように母の腕に自分のそれを絡ませた。
「でも、たとえあれが罠だったとしても、必ず発動するとは限らないでしょう。完全に運任せと言うか……私たちを陥れるためのものにしては、あまりに稚拙過ぎないかしら」
私の思いを汲んでくれたのか、母はそう言いながら私の手を優しく包み込んでくれている。公爵邸に殴り込みに行くなどの、母が暴挙に出る可能性はどうやら潰せたらしく、私は密かに胸を撫でおろした。
「マリーの言う通りだ。しかしこうやって足元を掬う結果を生むような小細工を施すということ自体、大きな問題なんだよ」
「大きな、問題……?」
「公爵が我々に向けているのは、十中八九、悪意であるとみて間違いないだろう」
瞬間、ジュリアンに虐げられ続けた公爵夫人としての日々が、まったく別の様相を見せ始めた気がした。
誰にも笑いかけず、手紙も返さず、外界にもできる限り出ないよう私に強要していたのは、ジュリアンの歪んだ独占欲、支配欲のあらわれなのだと思っていた。私を愛するあまりの行動だと信じていたから、あれほどまで唯々諾々と盲従していたのだ。
でも、そこに裏があったとしたら。私に触れられない理由が愛しすぎたがためではなくむしろその逆、愛情など欠片もなかったせいだとしたら――




