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クレマンスの告白~公爵夫人に”成り下がった”人生をやり直して、最愛の子を取り戻します  作者: 四ツ橋ツミキ
【第6章】恋人たち ―二律背反の選択

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3:謀略のシルク・タフタ




 母が抱えている、あふれんばかりのベビーピンク。愛らしくか弱い色合いのはずなのに、あまりに重厚な存在感のせいで、そのたたずまいは全くと言っていいほど可愛くも儚くもない。


「え、これを準備したのはあなたではないの?」


 そんな布地のかたまりと父を交互に見比べながら、母は困惑したように尋ねた。


「箱を開ける前に、リボンの上から()された封蝋印を確認しなかったのか……」


 呆れた様子の父から指摘を受け、母が首を横に振る。


 今日はブティックから明日のお見合い用のドレスが届く手筈になっていたらしく、母は朝からその到着を待ちわびていたそうで。


「ハウスメイドが、大きな箱を自室に運ぶようあなたから命じられたと言っていたの。だからてっきりブティックから届いたものを、あなたが私に代わって受け取っておいてくれたのだとばかり」

「私にドレスを見立てられるほどのセンスがないことは、君がいちばんよく分かっているだろう。それは私が準備したのではなく、サントクロワ公爵閣下がシィに贈ったものなんだ」


 不意に飛び出したジュリアンの名前に反応して、母の眉間に深いしわが刻まれる。その表情からいち早く危機を悟ったらしい父は、


「お返しするつもりだったよ、もちろんね!」


 声量をやや上げ、自分が潔白であることをアピールした。


「明日の王太子殿下とのお見合いに役立ててほしいと、こちらの断りもなしに置いて行かれたんだ。君やシィの目に触れないように保管しておいて、時が来たら未開封の状態で突き返すつもりだったんだが」

「……あ」

「そう、君が開けてしまった。つまりシィはこのドレスを正式に受け取ったことになる」


 母は息を呑み、抱えていたドレスをその場に取り落としてしまった。


「大丈夫、このドレスには君が思うような意図はない。招待状は付いていなかったし、口頭でのお招きもなかったから」

「ほ、本当に!? あの婚約を受けることになる、なんてお話も」

「ない。婚約については正式な書面を交わさない限りは成立しないんだ。だから、安心していい」


 父の言葉を受けて、大きく安堵の息をついた母は、事の重大さを改めて理解したようで、瞳を潤ませながら私の方に視線を向けた。


「シィ、ごめんなさい。私の早とちりのせいで、あなたの努力を台無しにするところだったわ」

「そんな、謝らないでお母様。私なら大丈夫ですから」

「だ、だけど……もしあなたが、このドレスに袖を通して公爵閣下のエスコートを受けることになっていたら」

「心配はご無用です! 私、袋のネズミ状態から逃げ出すのはとても得意なの。ね、お父様」


 今にも泣き出しそうな母を抱きしめながら、父に微笑んで見せる。父は呆れたような笑みを私に返し、大きくうなずいた。


「シィの言う通りだよ、マリー。うまく隠しきれなかった私も悪かった。本当は地下の物置にでも放り込んでやろうかとも思ったんだが、さすがにこれほどの高級品をあんなところに置いておくのは」

「あら、それはいい考えですね。私、さっそく今から放り込んできましょうか?」

「ははっ、シィ、さすがにそれはおてんばが過ぎるぞ」


 私たちの軽快なやり取りに、母はようやく落ち着きを取り戻してくれたらしく、小さく微笑みながら私の頬をそっと撫でた。


 母の言う通り、共に招待状が贈られていたなら、私は礼儀としてドレスに袖を通してジュリアンのエスコートを受け、舞踏会やら晩餐会やらに参加しなければならないところだった。でも今回、そういった附属物は一切なかったこと、何かしらの口約束すら交わしていないことからも判断すると、ジュリアンが”お見合い用に”と言っていたのは建前上のことではないらしい。


 そうなるとますますジュリアンの行動が理解できない。いずれは結婚を、と考えている相手に、別の男性とお見合いをするためのドレスなんて贈るだろうか。それに……


「まるで私たちが、明日のためのドレスを準備できないと思っていらっしゃるかのような振る舞いよね。きっと外面を良く見せるための仕込みなんでしょうけれど、あまりに失礼ではないかしら」


 私の考えを代弁するように母がそう言うと、父は腕を組みながらうなずいた。


「それについては、私も考えていた。君が評する通りの面従腹背(めんじゅうふくはい)な人物であるとしても、あの公爵が礼を失するような所作をするとは思えないんだが……」


 そう小さく呟いてすぐ、父は何かに気付いたようにさっと顔を上げた。


「マリー、その……君がオーダーしたドレスはまだ届いていないんだよな?」

「ええ。どれだけ遅くなっても今日の午後には届けると、ブティックの主人は言っていたわ」

「……なるほど、そういうことか」


 顔つきがみるみる厳しいものに変わっていく。ジュリアンから押し付けられたベビーピンクのドレスを鋭い眼光で一瞥すると、父は突然立ち上がった。


「少し出てくる。夕食には間に合うように戻るから」

「えっ、あの、どちらへ?」

「ブティックだ」


 一言それだけを残して、父は慌ただしく部屋を出て行ってしまった。







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