1:星のつるぎのゆうしゃ(2)
「どうして笑うのです! 私は真剣にお話しているのに」
「いや、すまない。幼い頃のお前を思い出してね、つい」
「……いまのやり取りの中に、私の幼少期が重なるところなんてありました?」
なぜその思考に至ったのかがよく理解できず、答えを求めるように首を傾げてみせると、父は表情を少し感傷的なものに変えながら、夕日の差し込む窓の方に視線を向けた。
「ほら、お前が好きだった冒険物語があっただろう。タイトルは何だったか……勇者が特別な剣で悪魔だか魔王を倒し、さらわれた王女を救う、という内容の」
「ああ、ええと……”星のつるぎのゆうしゃ”でしたっけ」
幼い頃、表紙に描かれた絵がすり切れてしまうほど、何度も繰り返し読んだその本。ジュリアンとの懇親会に臨んだとき、気持ちを奮い立たせるために心に思い浮かべた勇者というのがまさに、この物語の主人公だった。
「そう、それだ。ゆうしゃごっこをやろうとお前に誘われて、てっきり私は魔王か勇者の役をやるものだと思っていたら、まさかの王女役を抜擢されて」
「ええー……? そ、そう、でしたか……?」
「そうだったとも。魔王を倒す場面がお気に入りだからと、何度もそのシーンを繰り返していた。今でも王女のセリフがそらで言えるくらいには、私ははっきりと覚えているぞ」
父にまさかの王女役を押し付けたこと、しかもしつこく付き合わせてしまっていたことにちょっと申し訳なさを感じつつも、今までずっと思い出の一つとして大事に覚えてくれていたことが嬉しくもあり、私は複雑に絡み合った心模様をそのまま表情に浮かべて肩をすくめた。
「どこから調達したのかは分からないが、ずいぶんボロボロになったカカシを魔王に見立てて、剣のつもりの木の棒を振りかざしていたよ。王女役の私を守るように仁王立ちするうしろ姿が、とても可愛くてね」
湧き上がる可笑しさを抑えきれないのか、ところどころ笑いを交えながら懐かし気に語る父。その楽しそうな口調につられて私も頬を緩めつつ、思い出話に耳を傾ける。夕焼けが部屋をオレンジ色に染める中で昔話を聞く中で、当時の空気感がふわりと鼻先をかすめた気がした。
「いじらしくもありながら、本当に勇ましかった。いつもなら軽々と抱き上げることができるほどに小さなお前の背中が、あの時はなぜか頼もしく感じたんだ」
「それは……褒めて下さっている?」
「もちろん! 騎士団に入れば立派な武勇を上げられるかも、なんてつい言ってしまうくらいの勇猛さだったな。つまらないことを吹き込むなと、あとでマリークロエにこっぴどく叱られたけれど」
叱られている様子は見ていないはずなのに、なぜかその時の2人の姿が脳裏に浮かんで、私はつい吹き出してしまった。
「ねえ、もしかして私、本気で騎士団に入ろうとなんて……」
「していたから、マリークロエにきつく絞られたんだよ。”レディだって、勇気があれば悪者とたたかうことはできるんですよ”なんて独自の理論を展開して、騎士団へ入団する了解を得ようとしていたっけなあ」
「……その節は大変ご迷惑とご心配をおかけしました」
ひとしきり思い出話に花を咲かせた後に、落ち着いた静寂が漂う。落胆や憂鬱などのマイナスの感情はこもらない、穏やかなため息が重なって、私たちはお互いに目を合わせた。
「私のうしろ姿、いまも頼もしいと思って下さいますか」
あまりにも抽象的な言葉。さっきの話の続きをしているだけと取られてもおかしくはないはずなのに、父は私の言わんとすることを何となく感じ取ったのだろう。その顔容からは笑みが消え、ただ静謐さだけが残された。
「提案したいことがございます。具体的なことについてはバリーから追って説明があると思いますが、まずは私の考えをお聞きください」




