1:星のつるぎのゆうしゃ(1)
ジュリアンを追い返したあと、私の部屋まで送り届けてくれた父を中に招き入れたのは、ジュリアンがなぜ我が家を訪ねてきたのかを聞き出すためだった。
太陽が角度を落とし、日光の色合いが橙を帯び始める。
特に予定のない日なら、この時間帯はのんびり過ごしているのだけれど、今日に限ってはそういった穏やかさとは程遠い空気感が室内をどんよりと覆っている。せっかくのリラックスタイムがこんなに残念なことになってしまっているのは、話の合間に繰り返される父のため息だけが理由ではなかった。
「”なかったこと”を、”なかったこと”に……ですか?」
「簡単に言えば、そういうことだ」
私の隣で力なくソファに腰かける父が、ここ一番の大きなため息をついた。
「王太子殿下とのお見合いの前だろう。成否にはこだわらないとしても、実施前に先方から断られてしまうほどの誹謗中傷が流れることは避けたかった。だから少しテコ入れをするだけのつもりで動いたんだが……どうやら私はちょっと必死になりすぎてしまったらしい」
ヴェルレー伯爵家がサントクロワ公爵家からの婚約申し入れを蹴った、という話は、こちらの使者が書簡を届けたその日中には王都の隅々にまで行き渡っていたのではないかと思うくらい、恐ろしく早く広まったそうだ。
上流階級のやんごとなき人々、特にご婦人方においては、基本たいくつな時間を過ごしているから、政治的側面も垣間見えるゴシップ色の強い話題はこうも拡散しやすいのだと母は言っていた。
とにかく、ここまでのスピード感を持って延焼するとは思っていなかった父は、誤算分を埋めるために想定よりも早い段階で釈明に回ったそうだけれど、おそらくその動きには焦りが見え隠れしていたのだろう。地に落ちようとしているヴェルレー家にサントクロワ家が救済の手を差し伸べる、というシナリオを描かせる結果となったようで。
「閣下は、ヴェルレー家から届いたのは回答までに猶予が欲しいというものだった、と噂を真っ向から否定なさったそうだ。順序はどうあれ、公爵より上位である王太子との見合いを優先するのは当然であり、むしろヴェルレー家の規律を重んじる実直な姿勢と誠実な対応は評価すべきだ、とかなんとか……」
「……ずいぶん強引で不自然なフォローですね」
「私もそう思う。だが世間は、この公爵閣下の牽強附会とも取れる力添えを賛美しているんだよ。懐が深く柔軟な考えの持ち主だとね」
さらに深いため息を重ねる父。このまま地面にめり込むのではないかと思うくらいの落ち込みように、私もつられてついため息をこぼしそうになった。
分かっている。ヴェルレー家がこんなことになったのは他でもない、私のせいだということは。自分の都合を押し通すために変えたこの流れを悔いるなんて、そんな資格は私にはない。
私は胸いっぱいにたまった割り切れない思いを飲み込み、父との距離を詰めるべく座り直すと、その背中をそっと撫でながらかける言葉を探した。
「……謝るんじゃないぞ、シィ」
「え……」
「自分のせいでこうなった、なんてこれっぽっちも思うべきじゃない。お前の選択を後押しし、行動に移すと決めたのは私なんだから」
顔を上げ、こちらを見つめる父の瞳に悲壮感はない。いつも通り優しくありながらもどこか狡猾さを漂わせるその表情は頼もしく、安心感さえ覚えたけれど、ここでただうなずいて受け入れるのはではいけないと思った。
「そのお父様についていくと決めたのは、私自身です。だから、すべてをおひとりで負うようなことはなさらないで」
「シィ……」
「さっきの私の雄姿、ご覧になったでしょう。公爵閣下の腕の中からちゃんと自力で逃げおおせたわ。私なりにですけれど、抗う術は持っているの」
だから、私も一緒に戦わせて。
そんな思いを込めて父を見つめ返す。
すると父は一瞬まぶしそうに目を細めてから、なぜか小さく肩を揺らして笑い始めた。




