7:ダンスパートナーの条件(3)
「かあさま、見て! このひまわり、前よりもおおきくなってる!」
夏の日差しを浴びて、金色に輝く髪を揺らしながら私を振り返る。
「もうぼくよりも背が高いや。こないだまで、こんなに小っちゃかったのに」
こんなに、の辺りで手を自分の足首くらいの高さでかざしている様子を見ながら、つい笑いをこぼす。
こないだ見た時は、もうあなたの胸ぐらいの高さになっていたはずだけれど。
そう言った私に、拗ねたように唇をとがらせた様子が、とてもとても愛しかった。
「気のせいだよ。きっとかあさまは、幻を見たんだ」
ルシウス。
声にならない声で、あの子の名を呼ぶ。
長く続いてほしい、でもたった一瞬で光に溶け込むように消えた白昼夢。最後にこちらを振り返りながら私に投げかけてくれた言葉が、私を縛り付けていた鎖をほどいてくれたように感じた。
「大丈夫ですわ、お父様」
お腹の真ん中の深いところに力を込めて、大きく声を上げる。唇が重なるほんの手前でジュリアンはぴたりと動きを止めると、わずかに体を離した。
「閣下はただ、足元がふらついて倒れそうになった私を支えて下さっただけです。これは、男女のなにがしかの感情があっての行動ではありません」
私を見下ろすジュリアンの瞳が、冷たい光を放つ。私はそれを真っ向から受け止めてみせてから、にっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます、閣下。閣下が手を引いて下さらなかったら私、みっともなく後ろにひっくり返っているところでしたわ」
廊下の端にまで届きそうな声量でそう言うと、ジュリアンは片方の口角を小さくあげながら、私の背中に回していた手からやんわりと力を抜いた。
「ここ数日、父が申した通りに多忙が続いておりましたの。そのせいか、少し寝不足で」
「……顔色が良くないのは、そういうことだったんだね。なんにせよ、大事に至らなくて良かった」
私がとっさに創作したこの設定に、ジュリアンが静かに同調する。穏やかなこの声色、思いやりのこもった言葉だけでは、ジュリアンの本音がまったく別の様相を呈していることには気付けないだろう。その表情をこうしてまっすぐ見つめる私以外は、きっと。
「本当に大丈夫か、シィ」
従者の妨害から解放された父が、私のそばに駆け寄る。青ざめた顔の父に向かって、できるだけ安心感を与えるようにしっかり大きくうなずくと、ゆるく背中に回されたままのジュリアンの腕にそっと手を置いた。
「お手を煩わせてしまい、大変申し訳ございません。もう、一人で立てますゆえ」
「クレム」
一歩後ろに下がった私を追うように伸びたジュリアンの指先が、私の手をかすめる。僅差で届かなかったものの、そこからあふれ出るジュリアンの我執が手に絡み付いてきたかのように感じた私は、走る悪寒を誤魔化すように父の腕に自分の手を通した。
「娘を急ぎ休ませとうございます。お見送りは、ここまででよろしいでしょうか」
組んだ腕をしっかりと固定し、私の体を支えるようにしながら、父がジュリアンに向かってはっきりとそう言った。普段ならどれだけ相手に悪感情を抱いていても、決してそういった心模様を表に出すことのない父の剣呑な様子に、私の方がつい緊張感を高めてしまったけれど。
「ええ、構いません」
表情を硬くした私とは裏腹に、ジュリアンの方は父の刺々しい口調など意に介していないかのようで、柔和な笑みを浮かべてうなずいた。
「王家の方と相対するのは、思うよりも体力と精神力を使いますからね。明日に備えて、ゆっくり静養させるのが良いでしょう」
「……お気遣い、感謝いたします。玄関までの案内の者を呼びますので」
「いや、結構。道のりは覚えています」
「そうですか、では……シィ、歩けるかい?」
「ええ、なんとか」
父に続き、ジュリアンに向かって礼に失しない程度に頭を下げてから、部屋の方に向かうべく足を踏み出す。
「クレマンス嬢」
いくらか距離があいたところで呼び止められ、私は父に支えられながらゆっくりと振り返った。
「王太子殿下は難しいお方だ。直接お会いすることが叶わなくても、それは君の落ち度ではないということだけは心に刻んでおきなさい」
まるで私を励ますかのような言葉に、つい眼光を強めてしまう。怪訝な表情を浮かべた私に、ジュリアンは苦笑いを返した。
「クレマンス・ヴェルレーの名に傷がつくことはない、ということだよ。サントクロワ家に嫁ぐことになっても、君は何の瑕疵もないまっさらな乙女であることに変わりはない」
「……」
「まあ……健闘を祈っているよ」
ではまた後日、そう言い残し、ジュリアンはこちらに背を向けた。




