7:ダンスパートナーの条件(1)
「もっと現実的な方法を考えるべきです。謝罪、原因究明、再発防止策の提示、この三本柱を軸に時間と努力を重ねて改めて関係性を構築する。信頼を取り戻すための道のりに、邪道なるものは存在しないんですよ」
「もちろん、ヴェルレー家が誠実な姿勢を見せるのは当然のことよ。ただそこに、ちょっとしたエッセンスを加えてほしいと言っているの」
「その”エッセンス”とやらが邪道だと申しているのです。確約もない、何の後ろ盾もない虚構を織り交ぜるなど、誠実さのかけらもない行動だ」
「あら、これは嘘なんかじゃなくてよ。ちょっと未来に起きる現実を前借りするだけですもの」
「そんな詐欺師の常套句のような言い回し、いったいどこで覚えたのですか……」
バリーは額に手を当ててうつむき、頭を振っている。
驚いたり、怒ったり、呆れたり。今日は表情をコロコロとよく変えるバリーの珍しい姿を久々に見られた気がして、私は密かに頬を緩ませた。
「とにかく、この計画を成功させるためにはもう少し策を練る必要があるわ。バリー、取り急ぎお父様へ報告をしておいてちょうだい」
「承知しております。旦那さまに即断即決して頂くためにも、うまく立ち回りましょう。指示が下ればすぐに動けるよう、同時に準備も進めねば」
顔を上げ、引き締まった面持ちでそう言うと、バリーは気合を入れるかのように強く短い息を吐き出した。
「任せたわよ、ムッシュ・バリー」
私が向けた真剣なまなざしを正面から受け止め、胸に手を当ててうなずいてから、その場を辞去するバリー。背筋の伸びた、安定感抜群のその立ち姿に頼もしさを覚え、私は今度は湧き上がる感情を隠すことなく自らの口元に載せた。
彼がいればきっとうまくいく、そんな思いを込めて背中を見送っていると、
「……私も」
数歩ほど進んだ直後、不意に足を止めたバリーは、こちらに背を向けたままでポツリと呟いた。
「私も、お嬢様にお任せします」
「え……」
「あなたならできると、そう心から信じておりますゆえ」
僅かに振り向いた時に見えたその口の端は、確かに上がっていたように思う。
私の思い出の中のバリーは、道を誤ることのないようにと、いつも前から手を差し伸べて私を正しい方向へと導いてくれていた。時にはたしなめ、時には励まし、迷ったら助言をくれたりして、まさに道しるべとなってくれるような人だった。
そんな人が、いまは私の横に立ち、私が作り出す道へといっしょに足を踏み出そうとしてくれている。それが、何だかとても誇らしくて、嬉しくて。
バリーがそうやって私を一人前の人間として認めてくれたことは、大きな自信につながったのだと思う。
「やあ、これはこれは、クレマンス嬢。多忙だからと面会を断られたところだったけれど、まさかこうしてお会いできるなんて。今日はなんと運のいい日だろうね」
だから、自室に向かう長い廊下の途中、数歩分後ろに控える父を連れ立ってこちらに歩いてきたジュリアンに対峙した私がこうしてまっすぐ顔を上げていられたのは、きっとバリーがくれた勇気のお陰なのだろう。
「ご機嫌麗しゅう、サントクロワ公爵閣下。私も、お会いできてうれしく存じます」
「……ふむ、さすが伯爵が褒め称えるだけのことはある、と言うべきかな。まるで王女殿下を彷彿させるような美しいレヴェランスだね」
感心したように言うと、ジュリアンは胸元に手を当てて片足を後ろに下げる敬礼をこちらへ返した。
「オーケストラがあれば、このままメヌエットを踊りたいところだ」
「ありがとうございます。同じ舞踏会に参加する機会が今後ございましたら、その際はぜひガヴォットでお相手して下さると嬉しゅうございますわ」
「君は僕の未来の妻となる人だよ、クレマンス嬢。メヌエットやガヴォットだけと言わず、ポロネーズからコティヨンに至るまで、すべてのダンスプログラムで君を独占させてもらうよ」
ジュリアンの言葉に、私は思わず身を固くした。サントクロワ家との婚約の話は、こちらから正式にお断りの書簡を送ったことで不成立となったはず。それなのになぜ、こんなにもはっきりと私を”未来の妻”と表現することができるのか。
チラリと送った視線の先に佇む父の、明らかに曇った表情。意気消沈、疲労困憊といった言葉がしっくりくるようなその様子が、すべてを物語っているように思えた。
「そうだね、詳細は父君から聞くといい。ヴェルレー家の家名が守られた上で、王太子殿下とのお見合いに挑むことができると分かれば、君も安心できるだろうから」
「……どういうことでございますか」
「父君から聞きなさいと、そう言ったはずだよ。まあ、そういう反抗的……いや、型破りなところは非常に興味深いし、愛すべきところではあるけれど」
ジュリアンは呆れたように微笑みながらそう言うと、とつぜん私の前に跪いた。
「クレマンス嬢――いや、親しみを込めてクレムと呼ばせてくれ。僕の伴侶となって、共に公爵家を盛り立ててほしい」
「……こ、公爵閣下、急に何を」
「僕のことは気さくにジュリアンと呼んで、愛しい僕の天使。王太子殿下からの色よい返事がなくとも、落ち込む必要などないんだよ。僕がこうして君の手を取って、必ず幸せに導くと誓うから」
言葉の通り、ジュリアンは跪いたままで私の手をそっと掴み、自分の方へと引き寄せた。




