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クレマンスの告白~公爵夫人に”成り下がった”人生をやり直して、最愛の子を取り戻します  作者: 四ツ橋ツミキ
【第5章】法王ー見えざる指先

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6:言えない事実、つづる真実(1)




 あれは、私がまだ5,6歳の時のことだった。


 猫の木登りを真似する、というやんちゃをした罰として、しばらくの間ダンスとピアノのお稽古時間は倍、おやつや外遊びなどの一日のうちの楽しいイベントは禁止、というお達しを母から受けた私。直後に迷わず向かった先は、まだ雑用係だったバリーの元だった。


「お外遊びの時間はどんなことをしてもかまわないっておっしゃったのは、お母様なのよ? それなのに……」

「手にケガをなさったんですね」

「こんなの平気! 大げさに包帯を巻かれているけれど、ほんとはちっちゃな傷なのよ。だからちっとも痛くないわ」

「それにそのお召し物、スカートの部分がボロボロです」

「……少し登ったところで落ちそうになったから、足で踏んばったの。そしたら破れてしまって」

「”ごめんなさい”はしましたか?」

「するわけない、だって私は遊んでいただけで、何も悪いことはしていないもの!」

「奥様がなぜお叱りになったのか、お分かりのはずですよね」

「もちろん、分かっているわよ。私がお母様の気に入らない遊びをしたからでしょう」

「……本当にそう思っていらっしゃるんですか」


 いつもなら、優しく慰めてくれていた。抱きしめて、少し面白い話を聞かせてくれていたのに。


 左右で色の違うバリーの瞳が、真っ直ぐ、そして厳しく私を射抜いたのは、あの時が初めてだったように思う。


 母があれほど苛烈に私を叱ったのは、ただの子どものイタズラ、として片付けられなかった狭量さを見せたわけではない。大きな事故になりかねなかった、もしかしたら命を落とす可能性すらあった私のあの行動を二度と繰り返させないためにも、必要以上に強く戒めないといけないと判断したのだ。だからあんなに強い怒りをあらわにして、当時の私にとっては厳しい罰を与えた。


 私には、皆の前でいつも以上にひどく叱られた、という恥ずかしさを隠したい思いが強くあったものの、事態を軽んじていたわけではなかった。バリーの方も、反抗的な言葉とは裏腹に、私に反省の気持ちがあることを察してくれてはいたのだろう。


 それでも、私の妙なプライドからくる不遜な態度を許さず諫めたのは、そういった行動理念は社会から認められないことを教えたかったからなのだ。


「ねえ、バスチアン。私、立派な淑女になれたと思う?」

「ええ。どこに出しても恥ずかしくない、ヴェルレー伯爵家が誇る麗しきレディです」

「私が淑やかなレディとなれたのは、両親からの教えのおかげだけではないわ。あなたの忌憚のない指導があったからこそ、場を、分をわきまえることの重要さに気付けたのよ」

「そのようなお言葉を頂けて、光栄に存じますが……どうなさったのです? まるで今生の別れの前のようではありませんか」


 茶化したつもりの言葉に返答がないことを不審に思ったのか、バリーは私の背中に回していた腕をほどき、一歩後ろに下がった。


「指導係として、領主代行として、あなたが成した功績は信じていい。あなたは決して間違ってはいないって心から思えるよう、私ちゃんとやるから」

「お嬢様……?」

「バスチアン――いえ、ムッシュ・バリー」


 私の振る舞いが公的なものになったことを察し、バリーは戸惑いながらもさらに一歩後ろに下がると、私の前に頭を下げて跪いた。


「あらたな事業の展開のために、もともと栽培していた”アルジャン・レーヌ”よりも収穫量の多い新種のライ麦、”グラス・ノワール”を取り入れたのだそうね」

「……よくご存じでいらっしゃいますね」

「見た目や味の悪さのせいで売り上げが伸びなくて、それを少しでも補填するためにあなたが大量に買い込んでいるらしいけれど、それは本当なの?」

「……」

「消費を促すために、おいしい食べ方も研究しているのよね。それはあなた一人でおこなっていることなのかしら」


 バリーは何も言わない。私の質問に答えるつもりがないのだろう、その頑なな心情を示すように、身じろぎ一つせずにうつむき跪いている。


「答えないなら、それはそれで構わない。その辺についてはニノンから改めて聞かせてもらうことにするから」

「彼女は関係ありません。あの子は、私が一方的に命じたことに従っているだけで――」

「そうだとしても、事情を聴かないわけにはいかないわ。これはヴェルレー伯爵家の存亡にかかわることなのだから」


 私の言葉の重さに違和感を覚えたのか、バリーはゆっくりこちらを見上げた。異質な色の右目をかくす片眼鏡が光を強く反射したせいで、意図せずまぶたを閉じてしまう。


「どういうことでございますか」


 疑心、暗鬼を生ず。一瞬ののちに開いた目に映ったのは、そんな表現がしっくりくるようなバリーの顔つきだった。そして、低く静かでありながらもはっきりした声音でのその問いかけは、私をひどく臆病にさせたけれど。


「あなたが持ち込んだというこのグラス・ノワールを市場からすべて回収し、なおかつ新たな流通も止めるよう、お父様に進言するわ。サブル・グリゼ地方で流行しつつある熱病の、さらなる拡大を止めるために」


 ここで怯むわけにはいかない。


 バリーの強い圧に負けないよう、私は背筋を伸ばして声高に宣言した。杯中(はいちゅう)蛇影じゃえいを見止めたかのような懐疑的なバリーの表情は揺らがず、むしろ眼光は更に強いものになったように思えた。






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