3:開いた鳥かごの扉
セレスティーヌのお腹の子の父親が誰なのか、その仕草だけで……いや、そんな当てつけのような行動がなくてもすでに察知していた私は、とにかくもう、寸分の間だってここの空気を吸っていたくないと思った。
優しく微笑んでから適当に歓迎の言葉を並べ、この場を辞去してしまおう。恨みつらみを吐き出すのはその後、独りになってからでいい。このまま2人の前に立っていたらきっと、私は本当に溺れ死んでしまう。
そう考えて開いた口からは、声は出なかった。ホールの大きなシャンデリアがキラキラと光を反射する様子が目に入ったのを最後に、私のその日の記憶はぷっつりと途切れているから、たぶん卒倒してしまったのだろう。
周りの目を気にして無理に冷静さを保とうとしたから、まず心に限界が来て、体が連動したのだと、翌日目覚めたベッドの上でぼんやりと思った。体裁とか自分のプライドとか、そんなものは気にせずいっそ湧き上がった感情のままに泣き叫べば、倒れずに済んだのかもしれない。
ただ、これは良い流れも生み出した。倒れる直前、私が絞り出すように作った笑顔を、セレスティーヌはとてもポジティブに受け止めてくれたようなのだ。
「しばらく別荘で療養するといい」
ジュリアンが、不機嫌さを隠そうともせずにそう言い放った。
「辺境の気候はここより温暖で、空気も王都に比べたら段違いにきれいだ。ルシウスも一緒に新しい環境に身を置けば、夜中に癇癪を起こすこともなくなるだろう」
2歳を過ぎても毎晩夜泣きをする子どもに付き合わされるのはごめんだ。そんな本音が重なって聞こえた気がしたけれど、今そこは問題にするところではない。
ジュリアンは、私が自分の付き添いなしに屋敷の外に出ることを許さなかった。私がまた別の男と逢い引きをするのではないか、新しく子を作るのではないかと疑っていたのだろう。決して言葉にはしなかったけれど、私の一挙手一投足をすべて監視下に置こうとする理由なんて、それしか思いつかなかった。
だから、ジュリアンがそんな提案をするなんて信じられなかった。何か裏があるのか。それとも、誰かの助言を素直に受け入れたのだろうか。そんな風に逡巡していると、何も言葉を返さない私に苛ついたように、ジュリアンは深くため息をついた。
「セレスが、新参者を嫌な顔一つせず、むしろ笑顔で受け入れてくれたと喜んでいてね。きっとこれまでの疲れが溜まったんだろうと、君のことをとても気遣っていた。……しばらく王都の喧騒から離れて静かに過ごせば、きっと体調は良くなるはずだと」
つまりジュリアンは、セレスティーヌに請われて私から目を離すことにしたらしい。
私がどれだけお願いしても、決して鳥かごの扉を開けようとしなかったくせに。
そんな思いがじわりと心に浮かぶ。でも、それを言葉にすることはなかった。開きかけた口を無理にでも引き結び、感謝の意を表すためにただ頭を下げるにとどめたのは、ジュリアンから離れられるこの機会を失いたくなかったからだ。
もしかしたら、セレスティーヌは純粋に私を慮ったのではなく、第一夫人の留守中にその座を奪ってやろうという心算があったのかもしれない。でも、それでも構わないと思った。
ジュリアンがいつまでたってもルシウスとまともに向き合おうとしてくれないこと、私には衣服の布越しにしか触れてくれないことを悲観する日々を送るのは、もう耐えられそうになかった。




