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クレマンスの告白~公爵夫人に”成り下がった”人生をやり直して、最愛の子を取り戻します  作者: 四ツ橋ツミキ
【第5章】法王ー見えざる指先

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4:未来に向けたチューニング




 ああしていれば、こうしていたら、という”たられば”が頭の中を堂々巡りしている。


 あの頃の私がもっと世間を知ろうとしていたら、結末は変わっただろうか。バリーの命を救い、ヴェルレー伯領の衰退を止めることができていれば、私の前世はもう少しマシなものになっていたのか。


 私が辛い思いをしていたのは、すべてジュリアンが理不尽に私を支配していたせいだと思っていた。でもこうして人生をリセットした今、違った考えが頭をもたげ始めている。


 あの頃の私を不幸にしていたのは他でもない、私自身だったのではないか、と。


「やっぱり、これは外に出しましょう」


 とめどなく湧き上がる後悔を振り切るように、私は語調を強めてそう言った。


「はっ!? いやいやいや、何言ってるんです! ここからただ出るだけでも大変なのに、こんな重いものを担いで行くなんてとてもじゃないけど無理ですって!」

「袋ごと抱えるのが無理なら、中身を少しずつ運べばよいのよ」

「うわぁ、ナイスアイデア~! でも、そもそもこれはムッシュ・バリーの私物ですよ。勝手に持ち出すのは許されないと思うんですけど」

「主の家財であるパントリーを勝手に使っている方が、よほど許されないことよね」

「あっ……」

「しかも個人的に厨房を使ってパンまで勝手に焼くなんて。お父様がこのことを知ったらなんて仰るかしら」


 処罰を与えてやろうなんて思っているわけじゃないし、空いたスペースを使うのも空いた時間に備品を使うのも、ルールはどうあれ私はまったく気にならない。


 でも素直にお願いするだけでは、きっと彼女の協力は得られないだろう。


 そう思ってわざとらしく威厳たっぷりに脅したのは効果があったらしく、ニノンは両手で自分のおさげ髪をぎゅっと握りしめながら歯噛みし、妙なうめき声を上げた。


「……わたし、ムッシュ・バリーにはとてもお世話になっているんです」

「そうなのね」

「このお屋敷には洗濯係としてきたんですけど、わたしがパンを焼くのが得意だって話をどこからか聞きつけて、もともと希望していた厨房に入れるよう、マダム・カレンベルクに掛けあってくれたりして」

「ええ」

「ムッシュ・バリーはただ自分の食欲を満たすために個人的にライ麦を買い付けて、食事とは別にパンを焼かせているわけじゃありません。評判の悪いこの新種をみんなに受け入れてもらえるよう、おいしい食べ方を研究なさっているんです。わたしもそのお手伝いをしたいなって……だからどうか、」


 ニノンは一旦そこで言葉を切り、切なげに眉を寄せた。


「勝手にここのものを使ったこと、ご主人様や奥様には言わないでください」

「そうはいかない」

「……」


 間髪入れずの返答に、ニノンは表情を唖然としたものに変え、私を見上げた。


「ええと……お嬢様、わたしのいまの話、ちゃんとお耳に届いていました?」

「しっかりと聞こえていたわよ」

「ああ、なるほど。じゃあお心には届かなかったと、そういうわけでございますね」


 ずいぶん含みのある言い方をするものだと思い、真意を聞き出すべく黙ってニノンを見つめると、ニノンは深い深いため息をついた。


「いまの流れは完全に、『仕方ないわね……』って(ほだ)される場面でしょう。それをこんな……迷うことなく切り捨てちゃって、お嬢様には優しさというものがないのでしょうか」

「悪しざまに告げ口するつもりはないけれど、これは所領の管理や運営に関わることよ。領主であるお父様には現状をきっちり把握して頂いて、問題解決のために急ぎ動いて頂かないと」

「ええー……パントリーの片隅を借りて一日一回パンを焼いたことって、そこまで大きな問題になるんですか……」

「あのねぇ、私が問題にしているのはそこではなくって、」


 慄いた様子のニノンの呟きに答えようとして、私はハッとして口をつぐんだ。ニノンだけではない、この国の誰しもが、ライ麦に混じる黒い異物、”魔女の爪”についてのことを知らないのだ。


 現段階で有識者ですら持ち得ないはずの知識を、一介の小娘が知っているという事実。これをどうやってバリーや父に受け入れてもらい、その上でヴェルレー伯領衰退への道を閉ざすための策を講じてもらえばよいのか。


「何を騒いでいるんだ」


 その時、パントリーの入り口の方から聞き慣れた低い声が響いた。私たちは体と口の動きを止めて視線を合わせてから、恐るおそるそこに立つ人物の方に顔を向けた。


「そこにいるのはニノンだな。こんなところで油を売っていないで、すぐに自分の……お、お嬢様!?」


 ニノンの背後にいる私の姿を見止めた瞬間、焦りに満ちた声をあげたのは、部屋で待っているはずのバリーだった。






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