2:響く軍靴のその先は(2)
バリーの最期は、悲惨なものだったと聞かされていた。手足は黒ずんで溶けるように落ち、自身の体が火に焼かれているとわめきながら亡くなったのだと。
「おそらく、水が原因だったんだろうね」
「水……」
「きっと不浄のものが混じっていて、視察の際に飲んだんだろう。それを吸い上げて育ったライ麦は呪われたと聞くよ。あそこは……サブル・グリゼ地方は、完全に死滅したんだよ」
「……ジュリアン様、私、最後のお別れをしたいです」
「やめておいた方がいい、彼の遺体にはまだ呪いが残っているはず。万が一、君がそれに侵されてしまったら」
「お願いです、どうか……どうか、お墓参りだけでも」
「バリーは、君が生まれる前からヴェルレー家に仕えてきた人だということは知っている。君が兄のように慕っていたことも。でも……他でもない君の願いは叶えてあげたいけれど、これだけは譲れない。分かってくれるね?」
あの時のジュリアンがどんな表情をしていたのかは、全く思い出せない。ただ悲しくて寂しくて、泣き出した私を抱きしめてくれたその腕のぬくもりが、布越しではあれどこれまでよりも温かく感じたことだけを覚えている。
あれが水を原因とした流行り病などではない、ということが分かったのは、私がルシウスを生んでしばらくしてからのことだった。サブル・グリゼ地方でライ麦を育て、主食としていた農村はほとんどがこの”呪い”によって壊滅させられたけれど、罹患した者がひとりもいない集落があったのだ。
新聞に載っていた、生き残りの老婆の言葉が頭の中でリフレインする。
――”魔女の爪”は食べてはいけない。あれは呪いのかたまりだ。
「……さま」
「……」
「お嬢様?」
「え、あ……」
声を掛けられ、我に返る。ハウスメイドは上体を起こし、膝をついた姿勢で心配そうにこちらを見つめていた。
「大丈夫でございますか? お顔が真っ青です」
「え、ええ、私は平気。……そうだ、そんなことより」
私は床についたままの彼女の手を取り上げ、その表面を慎重に撫であげた。
「あっ、あのっ、なにを」
「指先に、違和感はない?」
「えっ」
「もしくは妙な倦怠感とか、足の痺れとかの症状は」
「あ、ありません」
首を振る彼女の顔をじっくりと観察する。頬は赤みが差しているし、唇も同じ。特にどこか悪いような様子は見受けられない。
「……バリーが買ったライ麦の袋は、どこにあるの?」
「この厨房の奥です。パントリーの隅に、ご主人様方のものと間違えないよう、赤い袋に入れて保管して……あっ、お嬢様!?」
最後まで聞かないうちに勢いよく立ち上がると、私はスカートの裾をたくし上げるようにしながらパントリーへ駆け込んだ。
彼女が言った通り、赤い袋は上半分が平たくなった状態で折り曲げられ、隅の方へと押し込まれていた。満杯の状態からすでに半分は使用されたようだ。
「お嬢様、お早くお出になって下さい。さすがにこの中まで入られたことがマダム・カレンベルクに知れると、わたしだけでなくお嬢様まで雷を落とされてしまいます」
後を追いかけてきたハウスメイドが、声を震わせる。カレンベルクというのは、メイド長であるローゼのファミリーネームだ。ローゼに叱られるのは、正直ミラから長い説教を受けるよりも堪えるものがあるから、彼女が怯えるのも分かるけれど。
「ごめんなさい、その時は一緒に怒られてあげる。だから、あの袋を一緒に運び出してほしいの」
「ええー……わたし、今月だけですでに5回はどやされているんですよぅ」
「んん……じゃあ、私があなたのお菓子作りに協力する! これでどう?」
「えっ、協力って……味見係なら間に合っておりますよ?」
「違うわよ。どんな高級な材料だって用意するし、必要な器具があるならあらゆる手を使ってそろえるわ。仕事がお休みの時も、厨房を使っていいように手配するから」
「……一緒に怒られるのも、忘れないで下さいね」
私が大きくうなずくと、彼女はぐっと力強く親指を立てて見せた。交渉は成立したようだ。




