6:理想も現実も
「私がこの家に残って婿を取る策が、一番現実的で良いように思います」
噛みしめるようにそう言いつつ、2人の顔を交互に見比べる。
「能力の高さ云々というより、できるだけ純粋で素直な人が夫になってくれるとなお宜しいかもしれません。その方が、私がヴェルレー家を牛耳ることができますもの」
「一歩下がって控えるふりをして、影ですべてを掌握する存在……いいわね、それ! 王太子殿下とのお見合いは間違いなくうまくいかないだろうし、さっそくそちらの案で話を進めていきましょう。実はあなたのお婿さん候補として、何人か心当たりがあって……」
「いや、いくら家格を下げるという目的があるとはいえ、王家からのご招待を無碍にするわけにはいかない。手の内を明かさないためにも、対外的には立場を守ろうとする姿勢を見せるべきだよ」
「んもう、つまらない人ねぇ。……まあ、思い出作りと考えれば、このお呼び出しに応じるのも悪くないとは思うけれど」
どうする? という問いかけを、言葉ではなく表情で示す母に、私は大きくうなずいた。
「せっかくの機会ですもの。できる限り完璧に準備をして、本番に臨みとうございます」
「それなら当日お持ちする贈答品の用意と、ドレスの新調も必要ね……日があまりないから既製品になると思うけれど。あとは作法の先生を――」
「シィには必要ないさ。逆に、先生としてやっていけるだけの知識と技術を持ち合わせているんだからね」
「それもそうね。じゃあ後は、体の隅々まで磨き上げるために都一番の美容師を呼んで、万が一、王太子殿下にお目通りが叶った場合の話題づくりも……ああ、こうしちゃいられない。やることは山積みなのに、時間が足りないわ!」
母はそう言いながら席を立ち、こちらに向けて雑なカーテシーで場を辞するあいさつをすると、数人の侍従を引き連れて慌ただしくダイニングルームを出て行った。
「……すまないな。私ではこの状況をひっくり返すことができなかった」
母の後ろ姿を見送ったあと、父のそんな言葉がふと訪れた静寂を割った。
「何を仰います。お父様のお知恵とお人柄があったからこそ、この状況まで持ってくることができたのですよ。感謝こそすれ、非難する理由なんてどこにもございません。謝るべきはむしろ、家の繁栄よりも自らのわがままを通そうとしている私の方ですわ」
「違う、お前は何も悪くない。すべては私に見る目がなかったことが原因だ。若く世慣れないお前を、人生の先輩として正しく導いていれば……いや、いまさら自分の不出来を嘆いても仕方ないな」
「ええ、お互いにね」
私がそう言って微笑むと、父も同じように笑みを返してくれた。
こんな風に笑い合える時間を過ごせるようになった時、きっと私たちは今のような輝かしい場所にはいないだろう。人々からあざ笑われ、財も権威も取り上げられ、粗末な生活を送っているかもしれない。
でも、後戻りはしない。積み上げたものを崩しても幸せにできる、そう自らの可能性を信じた父と母の決意を、私も信じているから。
だから待っていて、ルシウス。 あなたが生まれる世界を、今度は正しいかたちにしておくから。 嘘や欺瞞をも織り交ぜた、決して綺麗なだけの世界ではないけれど、あなたが誰の影にも怯えず、ただ笑って過ごせる場所を用意しておくから。
「大丈夫、私なら……きっとやってみせる」
私の強い決意がその耳に届いたのか、まるで賛同し後押ししてくれるかのように、父の大きな手のぬくもりが私の髪を優しく撫でていった。




