5:初めの第一歩
たとえ公爵夫人になったとしても、前世のようにジュリアンから虐げられることはきっとない。そのように立ち回れる知識と自信が、今の私には備わっているからだ。
でも、それではルシウスを幸せにはできない。
夫以外の男性、つまりルシウスの父親との不貞を完璧にやってのけたとしても、あの子にはサントクロワの家名が付いて回ることになる。あの子を殺した張本人の家名を背負わせるなんて、ぜったいに、何があっても阻止しなければ。
「シィを跡継ぎとすることを国王陛下に認めてもらえれば、もしかしたら丸く収まるのかもしれないわね」
決意を口にしようとした時、母がポツリと呟いた。
「なあ、マリー。気持ちは分かるし、私もそうできたらどんなにいいかとは思っている。だが、」
「ああはいはい、分かっていますぅ。娘を当主に、なんて前例を作ってしまったら、国の根幹を揺るがすことになりかねないですもんね」
おどけた口調で父をいなすと、母はつまらなそうに視線を落としてため息をついた。
「これが認められれば、他家における過去の継承問題が蒸し返されるきっかけにもなりかねない。あそこがいいならウチも、の流れで、それなら現当主は自分のはず、などという、本来なら起こり得なかったお家騒動があちこちで勃発することになるだろう。我が家の都合を通すためだけに、社会を混沌させるわけにはいかないんだよ」
「だから、分かっていますってば。ただ、そうなったらいいなあという願望を口に出したまででしてよ」
不貞腐れた様子でそう言ったあと、私の視線に気づいたらしい母は、意味ありげに微笑みながら上体を少し前のめりにし、頬杖をついてこちらを覗き込むように見つめた。
「叶わない願いとは分かっていても、私は信じているわ。血統も当主としての器も兼ね備えているのは……クレマンス、どう考えてもあなたしかいないって」
「……買いかぶり過ぎです。私はそんなにできた人間じゃありませんよ。実際、こうしてご迷惑をおかけしていますし」
「あら、自分を低く評価してはだめよ。あなたの賢さと度胸はその辺の男なんかよりも優れているって、ここ数日の様子を見ていて確信したもの。もしかすれば、エルネストよりもずっと上手にヴェルレー伯領を統治できるかもしれないわね」
「お母様ったら……」
母からの手放しの賞賛に、私はようやく頬を緩めることができた。
いつまでも、うつむいてはいられない。ヴェルレー家の歴史を捨ててでも私の幸せを優先しようとしてくれている両親の思いに、私は報いる責務がある。
それにはまず、初めの第一歩を正しく踏み出さなくては。




