4:大盾が守りし系譜
打開策ではなく、苦肉の策。悪意なんてないし、父のことは心から尊敬しているけれど、そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
「王家との見合いの手筈が整っている、そう伝えれば、きっと公爵家は引き下がる。何しろ、より高位の方との約束を優先するわけだから」
父が胸を張って言う隣で、母も大きくうなずく。
「とにかく、どちらを選んでもいいのよ。跡取りについての件も王太子殿下とのお見合いも、公爵閣下との懇親会のずいぶん前から準備していたことですからね」
「アルベールが騎士団に入ると決まったのは近々になってからだが、それでも公爵家からの知らせが来る前の話だ。まあこの際、時系列なんて些細なことは気にしなくてもいいだろう」
にこやかな2人とは対照的に、私はなおも表情を崩すことができなかった。
もしかして、父も母も知らないのだろうか。王太子のお見合いの前に身分も何も分からない第三者との面談が待っていて、そしてその第三者は決して王太子への面通りを許さないし、その事情についてはジュリアンはしっかり把握済みだということを。
「お父様、あの……噂でお伺いしたことなのですけれど、王太子殿下とのお見合いというのは、実はご本人とは」
「すぐにはお会いできないんだろう? まずは審査を突破する必要があるらしいね」
「ご存知なのですか?」
「もちろん、有名な話だもの。これまで誰一人、審査を抜けたご令嬢はいないということも知っているわ」
王太子との結婚なんて、叶わないことだと分かっているのに。公爵との婚姻という栄光ある未来への確約を捨てて、負けると分かっている出来レースにあえて全身全霊を注ぐということ?
わずかに落とした視線の先で、テーブルに置いた自分の手が震えていることに気付き、私は強く目をつぶった。
父が示した穴だらけの案。それらを前にして、ようやく状況がどれだけひっ迫したものかを悟った。
高位の家に嫁がず婿を取ることに固執する姿勢、実現できるわけのない王太子との見合いに本気で挑む姿勢、どちらを世間に示そうが、ヴェルレー家のバカさ加減はよくないかたちで広まっていくのだろう。
その程度の案しか思いつかない父が無能というわけではない。そもそも私が取れる選択肢は、”ジュリアンと結婚する”というもの以外なかったのだ。
父も母もそれを分かっていて、それでも何とか、私のためにって――
「お父様、いろいろとお膳立てをして頂いておいて心苦しいのですが、やはり私、修道院に」
「それでお前が幸せを掴めるなら反対はしないよ。だが……」
意味ありげな色を含んだ父の強い眼光を受けて、私はうつむいて唇をかんだ。
修道女となれば、清らかな心身で神と結婚し、生涯純潔を守りぬくことを誓わなくてならない。ルールを無視してルシウスを生んだとしても、神との約束を反故にした罪を背負わせた上で幸せな人生を歩ませるなんて、到底無理な話だ。
「我々が望むのはお前の幸せだけ、家なんてどうなってもいい。この意味が分かるかい?」
「……」
「我が家の価値をうんと下げれば、おそらく公爵閣下も手を引いて下さるでしょう。何しろうちは、状況判断を正しくできない愚かな伯爵家と成り下がるんですもの」
震える自分の指先から視線をわずかにずらす。中央で存在感を放つ大盾と、両脇に立つ2羽のふくろう、大地に強く根を張った大樹。テーブルクロスに描かれたその絵柄は、ヴェルレー家がこれまで長く守り愛してきた誇り高き紋章だ。
私の望みは、これに泥を塗る以外に叶えられるものではないのだろう。
「……ごめん、なさい」
両親の真意を確信した瞬間、私はもうそれ以外の言葉を発する権利などないと思った。




