3:2つの打開策(2)
非の打ちどころがないように見えるこの作戦に生じている綻び、それは、ジュリアンとの間に私が男児を2人以上設ければ、1人をヴェルレー家の跡取りとして養子にできるという点だ。
前世とちがい、ジュリアンがそこまで私に固執しているとは限らないし、この跡取り問題を理由に掲げて申し出を退ければ、あるいはあっさりと受け入れてくれるかもしれない。
それでも、どうして娘を嫁がせた上で子どもの1人を養子にという選択肢を取らないのか、という疑問はおそらく界隈に静かに蔓延していくだろう。
公爵家と縁続きになる上に、その血を引いた子どもがヴェルレー家を継承するのだ。高貴な血を家系に取り込むことができれば、確実に家の格が上がるというのに、それを蹴ったとなるとありもしない尾ひれ――例えばサントクロワ家とヴェルレー家の確執など――をつけて話は拡大していくかもしれない。そうなれば、きっと我が家の立場はずいぶん危ういものになってしまう。
「妙案であるとは存じます。ですが……」
「まあ待て、策はもう一つある」
父はそう言って私の言葉を遮ると、侍従の1人に目配せをした。
再び私の前に差し出されたシルバートレイに載っているのは、今度は黄金色の塗料で縁取られた真っ白なカードだった。紙面の中央には、縁取りの塗料と同じ色の絵柄が鎮座している。
「これは……?」
「10年間、真面目に”応募”し続けたのは無駄ではなかったらしい」
「えっ、あの」
「その家紋を見て分からない? どうやら毎年の恒例行事、今回くじを引き当てたのは我が家だったようよ」
金の塗料が光を反射しているせいで、その紋様はよく見えない。でも、母の言葉ですべてを察した私は、慌ててそのカードを開いた。
「……”あたり”?」
たった一言の走り書き。その下に並ぶ日時。
話には聞いていたけれど、まさか本当にこんな形で書類選考通過のお知らせが来るなんて……
「クレム、君は知っているかな? 王太子が見合い相手を公募していること」
「ええ、父からうかがったことがございます。10歳で立太子なさってから毎年1回、お見合いが行われているそうですね」
「ああー……いや、厳密に言えば、お見合いという形としては成立していないんだけれどね」
「えっ、そうなのですか」
「送られてきた大量の釣り書きの中から気まぐれに、まるでくじ引きみたいに何枚か選び出して、王家の家紋の入ったカードを送り付ける。そこには日付と時間が記されているんだ」
「それだけでございますか? 何か、ご招待の一言とか時節のごあいさつ文のようなものは」
「ないない、ただぽつんと日時が書かれているだけ。でもまあ、娘の釣り書きを送った覚えのある者は、それだけで何を指示されているかを察するわけだ」
「お見合いのお相手として選出された、ということでございますよね」
「その通り。で、書かれた指定の日時に登城した令嬢は、誰だかよく分からない人と面接をするんだよ」
「王太子殿下に直接お会いできるわけではないのですか?」
「残念なことに、その”正体不明の人物”との面談を突破しない限り、先には進めない。あれから何年になるか分からないけれど、その壁を越えたご令嬢は1人もいないそうだよ」
ジュリアンとこんなたわいない会話をしたのも、今日みたいな雨の日だった。窓を流れるしずくの様子をぼんやり眺めていた私に、そんな話題を振ってきたのは、ただの退屈しのぎのつもりだったのかもしれない。
ただ、当時は何も思わなかったけれど、あの時の意地悪そうな表情を思い出すにつけ、何か別の思惑を抱えていたのではないかと穿った考えを持ってしまう。
我が家が毎年釣り書きを送っていたことを見越し、父の”無駄な努力”をあざ笑いたかったのか。それとも、引き当ててもらえるような運のない私を拾ってやったと、優越感に浸りたかったのか。
不意に巻き上がった記憶の澱に、怒りの混ざった意識をわずかに向けながら、指先で文字列をなぞる。
「5月18日……これ、週明けすぐではありませんか!」
「急な話だが、ご招待を受けたとしても今のお前なら大丈夫だろう。マナーも言葉遣いも、今すぐ王室に放り込んだって問題ないほど洗練されているようだから」
「あー……」
「ここ最近あなたが参加していた夜会での様子、噂で耳にしていてよ。まるで王女殿下のように優雅な身のこなしだったって」
公爵家夫人としてしょっちゅう王室に連れ出されていたし、王室由来のマナーについては他でもない王女殿下から直々に教わりましたから、とは言えず。
「日々、研鑽に励んだ甲斐がございました……」
誤魔化すように微笑んでみせるに留めた。




