2:第二夫人の台頭
ジュリアンのそばにいたい。愛する人と静かに暮らせるなら、他に何もいらない。だけど、私がジュリアンの隣に立つことを周囲に認めさせるには、跡取りを生むしか方法はない。
当時の私には、その提案が希望の光のように思えた。どれだけ愚かで倫理に欠けているかということは、今なら考えなくても分かる。だけど婚姻関係を結んでから2年、すでに崖っぷちに立たされていた私はそれにすがるしかなかった。
盲目的に。確かに、間違ってはいない。
でもこの言葉は、ジュリアンが私の思いを理解しようとしてくれていないのだという事実を突きつけた。
姿かたちが似ているだけの見も知らない男に抱かれたこと、一度ではうまくいくはずもなく、不本意ながらもそんな夜を何度も繰り返したこと。つらかったあの日々は、きっとジュリアンが素晴らしい色で上塗りしてくれる、そう無垢に信じてきた私の心にひびを入れた。
そして、心が本格的に壊れる日は遠くない、そう思わせるような事件が起きたのは、そこからさらに1年後のことだった。
「奥様、突然押しかけてしまって申し訳ありません。私、セレスティーヌ・ロアンと申します」
そう言って頭を下げるのは、若くてきれいな女性だった。長い黒髪に淡いグレーの瞳が神秘的で、同性である私でさえ見とれてしまうほどの美しさだ。
「ロアン、じゃないだろ。……セレスは先日、ペリエール侯爵の養女になったところでね。まあ、もともと子爵家の生まれではあるし、血筋にはさほど問題はないかとは思ったけれど。やはり由緒正しいサントクロワ公爵家に見合う相手でないと、周囲がうるさいから」
「ごめんなさい、まだ慣れなくて」
眉を下げ、小さくなりながらかすれた声で呟くセレスティーヌ。ドレスから露出しているその肩を、ジュリアンが優しく抱きながら撫でている。
私には、あんな風に触れてくれなかった。エスコートをするために腕を組むことで精いっぱい、髪を一束すくい上げて口付けることすら、震えてまともにできなかったのに。
自然な雰囲気で体を寄せ合う2人をただ茫然と見つめながら、そんなことを思った。
「晴れて家柄も申し分ない状態になったということで、彼女を第二夫人として迎え入れることにしたんだ」
密かに打ちひしがれている私に、追い打ちをかけるようなジュリアンの一言がホールに響いた。
帰宅した主人を出迎えるために並んでいたメイドたちが、瞠目して隣の者と目配せをし合っている。常に泰然自若としている執事の表情があれほど崩れたのも、初めて見たような気がする。
そんな風に周囲の様子を冷静に把握しておきながら、私は自分が呼吸できなくなっていたことには気付かなかったらしい。我に返った瞬間、さっきまで溺れていたのかと思うくらいに深く息を吸い込んだ。
「礼儀も教養も、すべてにおいて奥様には遠く及びませんが……これからしっかり学んでいきたいと思っています。サントクロワ公爵家の者として、厳しくご指導ご鞭撻下されば幸いと」
「やめなさい、セレス。そんな堅苦しいことは、来月の出産を終えてから考えればいい」
ジュリアンは厳しさを装いつつそう窘めると、慈しみを込めた視線をセレスティーヌの腹部に向けた。ふわりとしたやわらかなデザインのドレスを着ているせいですぐには気付かなかったけれど、彼女のお腹は大きく膨らんでいるようだった。
「いいかい、クレマンス。セレスは君の実家であるヴェルレー伯爵家よりも高い地位の家のご息女だから、決して尊大な態度を取らないように。……ああ、それから」
肩を抱く手とは反対の手で、セレスティーヌのお腹にそっと触れると、ジュリアンは今までにないほどの優しい笑みを浮かべた。
「先に母親になった者として、彼女を心身ともに支えてやってほしい。初めてのことだらけで、セレスはとても不安がっているんだ」




