2:一通の手紙(2)
ひどい誹謗中傷が書かれているのでは、とか、あの時の尊大な態度は準王族たる公爵家に対する不敬である云々、といった法律振りかざし系統の言葉が羅列していることを覚悟して開いた手紙には、敵対する意欲満々の内容の方がまだましだと思えるようなことが書かれていた。
『先日の懇親会で共に時間を過ごし、心を決めました。ヴェルレー伯爵家ご息女たるクレマンス様を、伴侶としてサントクロワ公爵家に迎え入れたいと存じます。つきましては婚約成立のご挨拶にお伺いいたしますので、ご都合の良い日程を――』
まさに、最悪の展開である。
最後まで読む気が起きなかった私は、手紙を折り跡に沿ってたたみ、元のかたちに丁寧に戻した。
婚約を正式に成立させるには、婚約式をおこなって書面を交わす必要がある。つまり、今の時点ではまだ法的拘束力はなく、こちらから一方的に破棄したところで、ヴェルレー家には何の瑕疵もない……と言えれば本当に良かったのだけれど、現実はそうはいかない。
上位の階級の家からの要請は、特別な理由がない限り拒否するのはご法度。こんな暗黙のルールが浸透している貴族社会において、今回のサントクロワ家からの婚約申し入れを拒絶したとあれば、法律なんかは関係なく、おそらくヴェルレー家は今後まともに公道を歩くことすらできない状況に陥ってしまうだろう。
やっぱり、運命を変えるのは不可能なのだろうか。そんな思いが頭をもたげた。ジュリアンから嫌われるような行動をこれでもかというくらいに取ってみせたのに、結局前の人生と同じように婚約が成立する流れになってしまった。神の思し召しから逃れるなんて、人間ごときのちっぽけな力じゃ到底無理なことなのかもしれない。それなら……。
それなら、受け入れる?
そんな自問が頭にふと浮かび、私は手紙の封蝋印に落としていた視線をわずかに上げた。
確かにジュリアンとの結婚は不幸でしかなかったけれど、ルシウスとは出会えた。少なくとも前の人生通りに進んでいけば、ルシウスの母親になれることは確実……だと思う。
ルシウスとの再会を果たすことだけを考えるなら、この流れに乗ったところで特に問題はなくて、あの子を生んだ後の立ち回りさえ間違わなければ、私の望んだ結果は得られるはず――
「そんなのぜったいに嫌」
思考にかぶさるようにして出た本音は思いのほか力強く響き、室内にいた皆の視線は一気に私へと向かった。
いま運命に逆らえないというなら、後でどれだけ頑張ったって、結果は同じになるに違いない。私は結局、ジュリアンの歪んだ執着心によって再び何もかもを失う末路を辿ることになるのだ。
そんなの、ぜったいに嫌。
強い思いを抱えながら、私は、母、そして父へとゆっくり視線を送っていった。
「打開策は、ございますか」




