2:一通の手紙(1)
ダイニングルームで3人そろって朝食をとるのは、タイムリープをしたこととは関係なく本当に久しぶりだった。父は政務や社交活動、母は教会行事や婦人会の集まりなどがあるし、私自身、ジュリアンと結婚するまでは、夜遅くまで舞踏会や夜会にひたすら参加する日々を送っていたので、”朝”と呼ばれる時間帯に起きることすらままならなかった。
そう、せっかくの家族団らんでの朝食タイムだったのだ。天気が悪く、私が二日酔いで食欲がないことを除けば、今日一日の幕開けをとても良いかたちで過ごすことができると思ったのだけれど。
「すまない、シィ。完全に私の見込みが甘かったようだ」
テーブルに並ぶお皿が空になった頃、父がようやく口を開いた。開口一番飛び出したのが謝罪の言葉だなんて、もう嫌な予感しかしない。不安に駆られて母の方に視線をやると、母も小さく首を横に振ってため息をついている。
あのお見合いから7日が過ぎたあとのことなんて全く思い出せないけれど、少なくとも両親にこんなに難しい顔をさせるほどの深刻な出来事はなかったはず。
私は2杯目に突入したばかりのレモネードのグラスを置き、背筋を伸ばして父の方に向き直った。
「……何か、あったんですか?」
意を決してそう尋ねると、父はすぐに大きくうなずいた。
「昨日、封書が届いてね。公爵家からのものだということはすぐに分かったんだが……」
「こないだのお見合いの件、でしょうか」
「ああ。てっきり婚約についての話は白紙に、という内容だと思って開いてみたら……いや、私が口で説明するより自分で読んだ方がいいだろう」
父はそう言うと、背後に控えていたローゼに目配せをした。それを合図に前に進み出たローゼが、私の前に手紙の載ったシルバーのトレイを差し出そうとした、まさにその瞬間。
「ねえ待って、エルネスト」
これまで黙っていた母が、その動きを制するように声を上げた。
「やっぱり……あなたの口から伝えてあげた方が良くないかしら」
母の遠慮がちな提言に、父はわずかな迷いを見せるように眉根を寄せたけれど、すぐに小さく首を振ってそれを退けた。
普段の母なら、もっと食い下がっていた。自分の意見を否定した理由を問い詰め、納得できるまではぜったいに引き下がらなかったはず。でも今日はどちらに理があるか詰め寄ったりすることはなく、むしろ素直に受け入れて従う様子を見せている。
きっとその手紙には、私が自分で判断すべき内容が書かれているのだろう。
そう思った私は父と目を合わせ、決意を示すようにうなずくと、後ろに控えていたローゼが私の前に封書をそっと置いた。
竪琴をつまびく天使の紋章。サントクロワ家からの手紙であることを知らせるこの封蝋印を、自分の手で幾度も押したことを思い出す。参加したお茶会のお礼状、季節のあいさつ、ちょっとした近況報告なんかはひっきりなしに送っていて、相手から届いた手紙への返信ももちろんまめにしていた。
でもなぜか、月日を経るごとに手紙の数が減っていく。懇意にしていた人たちからのものだけでなく、ヴェルレー家からの知らせもすっかりなくなってしまい、不自然に思った私は思い切ってジュリアンにたずねてみたことがあった。
「あの……ジュリアン」
「ん? なんだい?」
「そのお手紙の束の中に、私宛てのものが混じっていたりはしませんか?」
「あー……いや、ないなあ。誰かから届く予定だった?」
「先日私が懐妊したことを、実家にもお知らせ下さったのですよね。その件で何か音沙汰があるかと思いまして」
「ああ、それなら受け取ってすぐ処分したよ」
「えっ!?」
「ほら、その……あまり良くない材質、と言えばいいかな。何か別の用途で使った後のような紙に書かれていたし、内容も生活費の相談事が含まれたものだったから、君の目には触れさせない方がいいかと思って」
ふざけんな。
当時の私が知っていた中で、一番の悪い言葉を心の中で叫んだことはよく覚えている。室内にいたのが私とジュリアンだけだったら、実際口に出していたかもしれない。それくらいに苛烈な憤りが、あの時の私の心身を駆け巡っていた。
「見るのが怖い?」
母に心配そうに覗き込まれ、慌てて顔を上げる。
再燃した怒りに身をやつしている場合ではない、いまは目の前の現実に集中しなくては。
「大丈夫、自分で確認できます」
私は冷静にそう答え、すでに外された封蝋に指をかけて封筒を開くと、中に折りたたまれて入っていた紙をそっと取り出した。




