1:トラウマよりもこわいもの(1)
毎朝、目を覚ますのが怖かった。まぶたを上げたらそこに、私の喉元を押さえつけるジュリアンの歪んだ顔があるのではないか、そんな思いが拭えなかった。
びくびくしながら片目ずつそっと開いて見えた風景が、公爵家ではなく実家の寝室であることにほっと胸を撫でおろす、それが朝のルーティンとなってから早7日。
あの夜、ルシウスを絶対に取り戻すのだと強く誓ったにもかかわらず、私はいまのところ何の行動も起こせていない。招待を受けていたお茶会や夜会、舞踏会への参加をこなすことで精いっぱい、ルシウスの遺伝子上の父親を捜す時間なんて、とてもじゃないけれど作れなかった。
「ああ……頭痛い」
昨夜からの雨が降り続き、室内まで湿っぽく感じる中での二日酔い。最悪なシチュエーションだ。
ジュリアンと出会ったこの18の歳は、飲酒が解禁された年齢でもある。その誕生日を新年あけてすぐの頃に迎えて以来、特に夜会や舞踏会の後はこんな朝を迎えることが増えていたことを思い出し、私は額に手をやって大きくため息をついた。
昨夜はこの時間軸に戻る前の自分の感覚で飲んでしまった。今の体にあの量は、ちょっと負担が大きかったようだ。天気も体調もこんなだし、今日も父親捜しはできそうにないな、そう思いながらベッドから足を下ろした時。
「あら、おはようございます、お嬢様」
その挨拶の声がいつもの聞き慣れたものではないことに気付き、顔を上げる。女性にしては上背のある体躯を、侍女のものとは少し意匠の異なったエプロンドレスで包んだその姿。私の朝のグルーミングの準備をしていたのはミラではなく、ハウスキーパーのローゼだった。
「昨夜は遅いお戻りでしたのに。ご自分で起きられるなんて、良い心がけでございますわ」
「そうでしょう、と言いたいところだけれど、この雨音がなければまだ夢の中だったかも。……ところで、ミラはどうしたの?」
「休ませました。体調の悪さを隠して仕事をしようとしていたところを捕獲し、強制的にベッドに縛……寝かしつけております」
「ほ、捕獲……」
「キュウキンガー、という鳴き声をあげながら、獣のように床を這いつくばってお嬢様のお部屋に向かおうとしておりましたので、”捕獲”で間違いないかと」
給金が下がるから休むのは嫌だと、そういうことだろうか。
「あの……縛りつけては、いないのよね?」
「ご安心ください、安静にさせているだけでございますので」
はぐらかされているような気がするのだけれど、これ以上首を突っ込むのはやめた方がいい、という警鐘が脳内で鳴り響いている。
「ええと……それじゃミラに、お大事に、と伝えておいてちょうだい」
「かしこまりました」
軽く会釈をしながらこちらに向けた笑顔は、踏み込みかけた足を一歩引いたのは賢明だった、そう思わせるほど別の何かを湛えているように見えた。




