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クレマンスの告白~公爵夫人に”成り下がった”人生をやり直して、最愛の子を取り戻します  作者: 四ツ橋ツミキ
【第3章】女帝ー愛を注ぐ人

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5:近づく夜の色




 ルシウスが生き返りますように。その願いはかなえられなかった。


 神様だか妖精だかが私の願いを正しく受け取れず、ただ時間を巻き戻しただけになってしまったのだろうか。もしくは私は実は悪魔と契約を結んでいて、その契約書の内容をよく読まずに血判を押した、という可能性もある。


 どちらにしろバカみたいな話だけれど、この身には既に不可思議な現象が起きているのだし、いまの推論だって有り得なくはないだろう。


「私、もう一度ルシウスの母親になれるのかな……」


 そろそろ就寝時間だと声をかけられ、ついさっき体を横たえたベッドの上で呟く。


 この問いに対する答えを返せる人なんて、私をこの時間軸に送り込んだあの声以外……ううん、あの声だって答えられないことかもしれない。そう思っても、口に出さずにはいられなかった。


 天蓋から流れ落ちるようにぶら下がる薄いカーテンが揺れる。もしかして、窓を開けっぱなしにしていただろうか。そう思って月明かりが差し込む方に顔を向けた瞬間、眩しさを覚えた私は強く目を瞑った。













「かあさま、早く!」


 先にたどり着いた小さな影が、私の方に向かって大きく手招きしている。


 私は息を切らせながらそちらを見上げ、微笑みだけを返した。こんなに一生懸命走ったのはいつぶりだろうかという思いを巡らせながら、スカートの裾をいつもより高い位置までたくし上げた。


「ほら、いちばん星に間にあわなくなっちゃう!」

「待って、すぐに追いつくから」


 息を切らせつつそう答えて、つい止めそうになった足を無理やり持ち上げ、なんとか丘の頂上までたどり着く。


 ちゃんとゴールできたことを労われながら、私は木の根元に座り込んで幹に背を預けた。驚くほど速くなった拍動を抑えるため、細かく浅くなった呼吸を、ゆっくりと深いものに整えていく。そうしながらも夕焼けのオレンジをぼんやり眺めていると、そっと私の隣に腰かける誰かの気配を感じた。


「いいおてんきだね」


 私と同じように遠い空に目を向けながらそう呟く。


 あまり交流のない人との挨拶のようだし、なにより、もうすでに日が暮れかけている時にするような会話ではない。それでもそう言ってしまいたくなるのが分かるくらいに、空はどこまでも澄み渡っていた。


「ええ、そうね。雲一つなくって、空があなたの瞳みたいにきれいな色をしているわ」

「ぼくの目、夕やけ色なの?」

「どちらかというと、夜が近づいたほうの空の色かしら。明るいネイビー、濃いブルー……そんな色よ」

「……かあさまは昼のお空と夜のお空、どちらがすき?」

「どちらも好きだけれど……そうね、かあさまは夜のお空の方が好き」

「どうして?」

「だって、あなたの髪色のようなお月さまが昇るから」

「そっかぁ……」


 満足げに微笑んで、自分の髪を撫でるその手に私が自分の手を重ねると、笑顔がさらに輝いたような気がした。













「ルシウス!」


 体を勢いよく起こし、その名を叫ぶ。


 静まり返る寝室を見渡して、いま見たものは現実ではないことを悟った私は、深くため息をついて頭を抱え込んだ。


 まるであの日丘を駆け上った時みたいに、額が汗で濡れている。風が草をなでる音も、まだ耳の奥でかすかに響いているように感じる。私が触れたあの小さな手の柔らかさだって、この手にしっかりと残っているのに。


 ルシウスはここにいない。私があんなに大きな声で呼んだのに、あの子は駆けてきてはくれない。


 その事実が切なくて、苦しくて、私は声を上げて泣いた。


 たった一瞬、目を強く閉じたほんのわずかな間に脳裏を駆け抜けた記憶。色鮮やかなこの思い出は、確かな決意を私の心に植え付けた。










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