2:相反する幸福論(1)
夕食前のアペリティフの時間を、いつもとは違う趣で楽しむことにした私と母。すっかり暗くなった庭のガゼボにランタン型のホルダーに入れたキャンドルをたくさん並べ、クッションをたっぷり置いた座面の広いローソファに体を横たえながら、私たちは今日あったことについて話していた。
「それじゃ、あの男からひどいことをされた、というわけではないのね」
「はい。勘違いさせるくらいに泣き喚いてしまって、申し訳ありませんでした」
「……それでも、今日のお見合いが原因であなたは心を痛めたのでは?」
ワインを一口飲み下してから、母が眉を寄せつつそう尋ねる母に、首を横に振って答える。お見合いがうまくいったせいで私は不幸になり、ルシウスを失うことになったから、心を痛めた、ということに関しては因果関係がないわけではないだろうけれど。
「私、朝からひどく緊張してしまっていて。帰ってきてお母様のお顔を見たら、急に張りつめていたものが緩んだんだと思います」
「まあ……そういうことだったのね」
「はい。だから、その……お父様は悪くない、というか」
「何を言うの、諸悪の根源はエルネストが抱いた功名心なのよ? あの人が悪いに決まっているわ」
「……お母様、もうお分かりなんでしょう?」
ためらいながらもそう問いかけると、母は一瞬動揺したように視線をあらぬ方向へと動かした。
「お父様がお母様の反対を押し切って公爵閣下とのお見合いを強行した理由は、伯父様に対する競争意識だけが原因だったわけじゃない。……いちばんお心にあったのは、私のため、という思いだったこと、お母様はご存知だったんですよね?」
「それは……」
しばらく言い淀む様子を見せていたけれど、私が追及の手を緩めないことを悟ってか、母は諦めたように息をついた。
「ええ、そうよ。あなたがサントクロワ公爵のことを好いていることは分かっていた。分かった上で、あの男には会わせるなとエルネストに釘を刺したわ」
そこまで言ってから、ワイングラスの底に揺蕩っていたわずかな残りを一気に呷る。焦りを抑えるかのように、今度は先ほどよりも大きく息を吐き出すと、母はようやく私の方にまっすぐ向き直った。
「ごめんなさい、親バカだと自分でも思っているの。あなたの幸せはあなた自身が選び取るべきだって、そう思ったけれど……でも、どうしてもいやな予感が拭えなくて」
困ったような笑みを浮かべ、肩をすくめる母。その複雑な表情は、やり直す前の人生でも一度だけ見たことがあったと思い出し、胸がぎゅっと痛んだ。
それはお見合いから数日後、ジュリアンが私に正式にプロポーズをしてきたときのことだ。美しいレースの施されたバスケットいっぱいの白バラを抱えて、正装に身を包んだジュリアンがこのタウンハウスを訪れた。
「クレマンス嬢――いや、親しみを込めてクレムと呼ばせてほしい。僕の伴侶となって、共に公爵家を盛り立ててくれないだろうか」
「公爵閣下……」
「受け入れてくれるなら、僕のことは気さくにジュリアンと呼んで。……どうかな、麗しき僕の女神様」
「ええ……ええ、もちろんお受けいたしますわ、公爵……、いえ、ジュリアン様!」
その時は出先からちょうど帰ったところで、私は日よけの手袋をしたままだった。その手袋越しに受けた愛を誓うキスの感触は、今となっては非常に不愉快である上に、当時としても不自然なものだった。
あの時感じた不自然さを、もっと深刻に捉えるべきだったと思う。そして母の笑顔がいつもと違ってひどく歪んでいたことに対しても、しっかり向き合うべきだった。結局母が懸念したことは現実となり、私は不幸な最期を遂げることになるのだから。




