5:私が死に戻った理由
「ちょっと待って。シィ、お前お見合いの初っ端からそんなことを考えていたのか?」
「ええ、まあ」
「王室由来の歓待を前にして、それだけ冷静に分析したのは凄いとは思うが……その見方は穿ち過ぎだろう。閣下は我々を喜ばせようとして、あれらをご準備下さったと考えるのが普通ではないかい?」
「あの場で嬉々としていたのは、公爵閣下のみでしたわ。私、あのお茶の香りは好きじゃないと感じていましたし、お父様だって一気に緊張感を高めていらしたではありませんか」
ビジュー・ド・ソレイユ、という銘柄を聞いた瞬間、冷や汗が噴き出したことを思い出したのだろう。父はあごに手を当て、深くうなだれてしまった。
「私をぜひ妻に、と仰るなら、私の好みを事前にリサーチしてもてなして下さった方が、よっぽど余裕があってスマートだと感じます。プティ・フールだってそう、サントクロワ家のパティシエが作ったものを頂きたかった。その方が、公爵家のすばらしさを前面に押し出せたはずでしょう?」
私の大好きなカモミールのハーブティーと、公爵夫人時代に愛してやまなかったアップルタルトが出てきていたら、もしかしたら私は今世でもサントクロワ公爵夫人となるべく動いたかも……いや、それはないか。
とにかく、貴族たる私たちが婚姻関係を結ぶのは、政治的だったり社会的だったりの小難しい背景が絡んでいて、お互いの愛情うんぬんなんてものは二の次、三の次だということは分かっている。
でも、最低限の思いやり、というものは持つべきだと思うのだ。そのかけらも感じさせない、自分本位のおもてなしを押し付けるような人間が、果たしてこの先、家柄の存続と権力の維持を図るべく立ち回ることなんてできるのだろうか。
「敵対関係にあるならともかく、今後縁続きになる可能性のある相手に権威を見せつけて威嚇するなんて、場を弁えていないも同然です。そんな初歩的なことも理解できていないような方が当主の家など、将来先細っていくに決まっていますわ」
私が死んだ後の成り行きは知らないけれど、きっとそういう末路を辿ったに違いない。そんな信念をもってきっぱりと言い放つと、父は黙ったまま何度か目を瞬かせた。
「……この縁談、おそらく良い形でまとまることはないと思うが」
「願ったりかなったりです。万が一にもヴェルレー家にとっての”良い形”になりそうなら、私、修道院の門戸を叩くことにしますから」
「そこまで嫌なんだね。……うん、分かった」
声音と共に、父の表情が柔らかくなった。頭に載せられた大きな手が、優しく何度も髪を梳いていく。その懐かしい感覚に反応して胸に込み上げるものを感じた私は、うつむいて唇を強く噛んだ。
「ヴェルレー家の繁栄のためにはこれ以上ない良い話ではあったけれど、シィの人生を犠牲にして成り立つものなど価値はないからね。この件に関しては、お前の望む通りに取り計らうようにしよう」
「……ごめんなさい、良い娘ではなくて」
「何を言うんだ。こうして父の愛を嫌がらず受け取ってくれているだけで、充分すぎるくらいに良い娘だよ」
父が腕を広げて開いた胸元に飛び込み、私もその背中に腕を回して強く抱きしめ返した。
「不愉快な時間を過ごさせてしまって悪かった」
「そんなことありません、とても充実した時間でした。ビジュー・ド・ソレイユは好きになれなかったけれど、アルテュール・マティスのお菓子は可愛くて美しくて、何よりおいしかったから」
「ハハハ! 舌とお腹は満足できたということかな」
たぶん今日いちばん満たされたのは、心だったと思う。
私を”シィ”と呼んでくれること、頭を撫でて、こうして抱きしめてくれていること。お見合いの席ではあったけれど、父と午後のお茶の時間を持てたことも本当に嬉しかった。
家に帰れば、母が出迎えてくれる。そして今日あったことを優しく微笑みながら聞いてくれて、私の気持ちに寄り添ってくれるに違いない。その後は、部屋でミラにたくさん愚痴を聞いてもらうのだ。ミラがふざけて即興で始める寸劇は、私が持ち帰った精神的苦痛やらなんやらを面白おかしく昇華してくれるのだろう。
これらはすべて、結婚前には当たり前に私を取り囲んでいて、当たり前に私を癒してくれていた。嫁いだ後に実家に帰ることも、家族を招くことすらも許してもらえなくなってから気付いた、何より大事なもの。だからきっと私が取り戻したかったのは、この時間、この人たちのことで――
「……ちがう」
ふと窓から見えた夕方の空に重なる記憶。いくつかちらつき始めた星々を見上げながら、何気ない話をしたあの子。確か私はあの子のことを、こう呼んでいた気がする。
「ルシウス――」




