3:ヴェルレー伯爵令嬢としての行動様式(3)
相変わらず穏やかな笑みを浮かべているけれど、右側の口角の方がやや高く上がる笑い方をしている。これは、ジュリアンが不機嫌な時にする微笑み方だ。私の容姿が誰かの視線を奪った時、私の言葉が誰かの心を掴んだ時、私の笑顔が誰かに幸福感を与えた時、ジュリアンはいつもこうやって笑っていた。
「いやはや、普段は招かれた先でこんなにはしゃぐことはないのですが……。私同様、娘も目新しいものが好きなので、通常ではお目にかかれないお茶やお菓子に、気持ちが高揚したのかもしれません」
父が、苦笑いを浮かべながら額をハンカチで拭っている。公爵邸であることも忘れ、ただの父娘の時間として楽しんでしまったことに、今になって焦りを感じたのだろう。
「父の申す通りです。みっともない姿を見せてしまい、大変申し訳ございません」
「僕は年齢も年齢だから、こういったかたちでご令嬢とお話をする機会はよくあるのだけれど、貴女のように愉快な方は初めてだ。天真爛漫で自由で……何事にも臆することがない、素晴らしい気質を持っていらっしゃる」
ベラベラ喋って見苦しい、小娘はもっと自分の権威に畏れるべき、そう言いたいのだろう。嫌味のつもりかもしれないけれど、ミラから”可憐に真に受けていい”とのお達しを受けている私に、それは効かない。
「ありがとうございます。そのようにお褒め頂けて至極幸いですわ」
心の中では舌を出しつつ、表面上は今日一番の笑顔を浮かべ、可愛く小首をかしげてみせる。
引きつった口角とやや寄せられた眉根。いつもは完璧にかたどられているはずの笑顔に混じるノイズからは、ジュリアンの苛立ちがひしひしと伝わってくるようで、私は吹き出しそうになるのを必死でこらえた。
マナーにおいて、私も父も完璧だったと思う。ビジュー・ド・ソレイユが出されるお茶会では、まず国王陛下への敬愛を示すためにお茶に口を付けてから、女性は冷たいグラッセを、男性はセックかセック・サレを頂く。各自自由に楽しむのはその後で。
前の人生でジュリアンは、マナーは気にするなと言っていた同じ口で私たちに宮廷での作法について指南していたし、さっきのセック・サレの一件も考慮すれば、きっと今回も講釈を垂れる機会をうかがっていたはず。そんなつまらない時間に付き合わされるのも癪だから、公爵夫人時代の知識と教養をフルに活かしてやることにしたのだけれど、これは功を奏したと思う。
確かに私の振る舞いは、結婚相手を決める顔合わせの席においては褒められたものではないだろう。でもマナーには非の打ちどころはないように気を付けていたこともあって、苦言を呈されることはなかった。何かにつけて眉を顰められる場面はあったけれど、そもそもジュリアンには私の所作をどうこうできる術はない。
だって私、公爵夫人ではないから。ただの伯爵令嬢だから。サントクロワ家とはそれほど強い関わりのない、よそのお嬢さんですから。
残念だったな、魔王!
あの物語の勇者が、最後のシーンで剣を空に掲げる挿絵を思い浮かべながら、私は心の中でそう叫んだ。




