3:ヴェルレー伯爵令嬢としての行動様式(2)
「口にすることはあまりないかな。お茶請けとして食べるとしても、バジルやチーズの風味を利かせたセック・サレくらいで」
「まあ、そうなのですね……。ショコラも、お好きではない?」
「うーん、そうだな……苦手の部類には入るね」
「このショコラ・グラッセ、甘さだけでなく上品な苦みも効いていてとてもおいしゅうございましたの。このすばらしいお味を、閣下とも共有できればと思ったのですが……」
自分の方から話をふることで、完全に受け身の人間であると感じさせないように。そして、つまらないことかもしれないけれど、こうした相容れない部分があるというアピールをすれば、私への興味はどんどん薄れていくだろう。
同じ喜びを味わえないことを残念に思う気持ち、というものを、無邪気さを装って演じてみせると、ジュリアンは穏やかに微笑んだ。
「好き嫌いは人それぞれだからね。そこをお互い歩み寄っていくことが、良い関係を築くためには必要なんだと思うよ」
「ええ、私もそう考えます」
どの口が言っているのか。瞬間的に湧き上がった思いを隠すべく、わざと神妙な顔つきをして深く頷く。
ジュリアンが、”お互いが歩み寄る”なんて殊勝な考えを持ち合わせているはずはなく、つまりはそっちから自分に合わせに来いという暗黙の示唆であることを見抜いた私は、セック・サレの載ったプレートに目をやった。
「残念ながらこの場では、私がセック・サレを頂くことは叶いませんが」
「……ほう?」
ジュリアンの柔らかな表情が強張り、私に向ける視線が微かに強いものへと変わる。
「いつかの機会がございましたら、その時は是非に閣下とお菓子談義に花を咲かせとうございます」
宮廷マナーとして、女性が甘くない焼き菓子であるセック・サレを口にするのはご法度。王室では甘味を苦手とする男性が多く、お茶の席で食べるものがなくなることを考慮して設定されたこのルールは、通常であれば適用されることはない。
たかが伯爵家の娘がこれを知る由はないと踏み、ジュリアンは恐らく無邪気にこの場を楽しんでいる私の鼻っ柱を折るつもりで、セック・サレを食べるよう誘導したのだろう。
でも残念、私には公爵夫人時代に培った記憶がある。そちらが王室さながらの歓待で私たちにマウントを取るつもりであるのなら、こちらも想定外の知識をもって意趣返しをお見舞いしてやるだけだ。
「いやあ、本当においしいグラッセですな!」
いつの間にかショコラ・グラッセに手を付けていたらしい父が、目を輝かせながらそう声を上げた。
「ショコラはワインにも合うはずだという私の意見は常々否定されてきたが、この味わいならきっと妻のマリークロエも賛同してくれるでしょう!」
「……気に入って頂けたようで良かったです。手土産としていくつか包ませるので、良ければ細君にお持ち帰りください」
「ええっ、宜しいのですか?」
「もちろん。おふたりの肴議論に答えが出るといいですね」
人を誑し込むのが得意なのは、そう言えばジュリアンだけではないことを思い出した私は、父が嬉しそうに感謝の意を述べる姿を見ながら、肩を揺らして小さく笑った。
この後はもう、私の独壇場だった。
数種類のベリーが乗ったタルト、プラリネのシュー・ア・ラ・クレーム、フロマージュのクレームを挟んだマカロン。一通りを口にし、すべてを自分の中での適切な言葉で評価していき、父と楽しく共有しながら、私の思う通りの空気を作っていく。
公爵夫人としてはふさわしくないように、それでも上流階級の社交場においては何ら支障のない立ち居振る舞いを貫き通し、この懇親会という名のお見合いが終盤にさしかかった頃。
「朗らかで、素直な人だね」
ジュリアンが、一息をついた私に向かってそう言った。




