3:ヴェルレー伯爵令嬢としての行動様式(1)
「従う道理なんて、ないはずよ」
隣に座る父ですら聞き取れないくらいに、小さく呟く。あの時は仕方なかったかもしれない。でも少なくとも私はいま、サントクロワ公爵夫人ではなく、ヴェルレー伯爵令嬢としてここに座っている。
ならば、取る行動はただ一つ。
「どれもおいしそう。何から頂こうか、迷ってしまいますわ」
トラウマを呼び起こすものなんて飲みたくない、そんな風に湧き上がった自分の感情に素直に従い、私はお茶を飲んだふりをしてからティーカップを置いた。そして、あえてわくわくした無邪気な表情を作ると、プレートに可愛らしく鎮座するお菓子の一通りを撫でるように見回した。
この時間を純粋に楽しもう。委縮せず、のびのびと過ごす様子を見せて、ジュリアンが被る”虎の威”なんて毛の先ほども意に介していないことを見せつけてやる。
勇往邁進、恐れず勇敢に前進するのみだ、そう心の中で自分を鼓舞すると、私はシルバーのケーキトングを取り上げた。ショコラ・グラッセをつまみ上げて取り皿にそっと置き、デザートフォークの先をその断面に軽く沈める。
「なんておいしいんでしょう……!」
口に運んだ直後、私は口元に手を当てながら、わざと声を上ずらせてそう言った。
前の人生ではいつも、ジュリアンを真似るように理知的な単語を詩的につなげ、味覚に与えられた感動を表現してきた。そうやっていればジュリアンの機嫌も損ねない上に、おいしさや美しさに気を回す暇がなくなるため、無表情を貫くことができたからだ。
でも本当のところ、私には味の奥行きや深みなんていうものは分からないし、理解する必要もないと思っていた。おいしいものはおいしい、表現するならそれだけで充分だ。いま食べたショコラ・グラッセもそう、正直な感想を言うとするならば、感動的なおいしさ、この一言に尽きる。
「この可愛らしい形のフール・セックも……うん、とてもおいしい! ねえお父様、まずはこちらのナッツが乗ったものを召し上がってみてくださいな」
「あ、ああ。……うん、とても複雑で繊細な味わいのセックだね。ナッツの香ばしさとほのかな塩気がまた」
「もう、また小難しく評定をなさるんだから! お菓子は召し上がってすぐに”おいしい!”と微笑むだけで良いのだって、お母様も仰っていたでしょう?」
私が普段と変わらない様子であることに、父も影響を受けたのだろう。いまのやり取りを経て、額に浮いていた玉のような汗は引き、まるで出かけた先のカフェで一緒にお茶を楽しんでいる時のように雰囲気は一気に和やかなものになった。
「閣下は、甘いお菓子はよくお召し上がりになるのですか?」
頃合いを見計らって、ジュリアンにそう尋ねる。親睦を深めたいという気持ちは欠片もないし、そもそも甘いものが苦手なことはよく知っている。でもこうして自ら声を掛けたのは、王妃殿下の覚えめでたき公爵閣下をいつまでもないがしろにするのは失礼、という思いばかりではなかった。




