2:ビジュー・ド・ソレイユが彷彿させるもの
得意げな様子はない。それでも、王家との血の繋がりを自然なかたちでアピールするという、かえって傲慢さを感じさせるようなその振る舞いは、前の人生のジュリアンと全く同じだと思った。
さすが王妃殿下のご令甥様、そんな皮肉めいた一言を飲み込みつつ。
「閣下が直々にお手配くださった、格式高いおもてなしですのもの。気に入らないはずがございませんわ」
先ほどと何ら変わらない笑みを貼り付けたまま、堂々と答えてみせる。と、一瞬、ジュリアンの表情がわずかに温度を下げたように見えた。
王家御用達アイテムを紹介しても動じない態度が気に食わなかったか、それとも王室の事情に疎い愚鈍な小娘と呆れられたか。どちにせよ、興を削ぐことに成功したのは確かだ……と思いたい。
「どれも陛下からの賜りものです。一番おいしいときに頂かなくてはね」
「は、まったくもってその通りと存じます。……が、如何せん場慣れをしていないものでして」
「マナーなんて気にしなくていいんですよ、ヴェルレー伯爵。ここは宮廷ではないのだし、好きなものを好きなように楽しんでくださるだけで、充分礼は尽くされるのですから」
ジュリアンはそう言うと、ローテーブルに所狭しと並べられた饗応に手を付けるよう促した。
「……然様でございますか。では、お言葉に甘えて」
父が遠慮がちにカップを手に取ったのを確認してから、自分もその所作に追随する。
「どうです、スパイシーな強さのみならず、ほんのりと甘い優しさも感じられるでしょう。これは国王陛下をイメージしてブレンドしたものでしてね。あの御方のひととなりをまさしく表しているお茶なんですよ」
「なるほど……。かすかな酸味とフルーティーさも感じられますが、この香りはもしやオランジェの皮ですか?」
「さすが伯爵、よく気付かれましたね。そう、隠し香にエコルス・オランジェを使っているんです。我が国自慢の国果をぜひ加えてほしいという、陛下たってのご要望を――」
要望を叶えるために各地を奔走して茶葉に合うオランジェを見つけ出し、最もバランスの良い配合を試行錯誤して探り当てたのがジュリアンであることは、もう前の人生で千回くらいは聞いた。
千一回目の演説を聞かされるのは、今世ではちょっと勘弁してほしい。げんなりした私は、呆れて出そうになったため息をごまかすために、唇をカップの縁に付けた。
「……」
お茶を口に含むその直前、ふとその動きを止める。ビジュー・ド・ソレイユの独特な香りが湯気と共に鼻腔に届いた瞬間、さっきのジュリアンの自慢話とはまた別の、私がこのお茶を嫌う原因になった出来事を思い出したのだ。
それは王妃殿下の非公式なお呼ばれにあずかり、ジュリアンに連れられて王宮に赴いた時のこと。公務からの帰りが遅れているとのことで、客間に通された私たちは、先にお茶を頂きながら到着を待っていた。
「たかが菓子に、あんなにはしゃいで相好を崩すなんて。君は恥というものを知らないのか」
「……申し訳ございません。これほど繊細で美しいバラのシュガークラフトを見たことがなくて」
「そんなものに夢中になって、まずはビジュー・ド・ソレイユに口をつけてから、という宮廷儀礼まで忘れたというわけか。どうせ君は、さっき給仕をしていた侍従の恍惚とした表情にも気付かなかったんだろうな」
「え……」
「あの男、君が喜び破顔する様子を見て頬を赤く染めていたんだぞ」
美しすぎるのも罪なものですね。
あの時そう返すことができていれば、どれだけスッキリしただろう。ビジュー・ド・ソレイユの、ジュリアンの言を借りれば”高貴な香り”が充満する中、ただうつむいて小さく二度目の謝罪をした自分。おそらく哀れだっただろうその姿を思い返して、小さく息をつく。
どれだけ良いもてなしを施されても、常に表情を変えず冷静に振る舞うこと。それが公爵夫人としてのあるべき姿なのだと信じた私は、その言いつけを公爵邸を追い出されるまで真摯に守り続けた。公の場で私が感情を見せることを嫌ったジュリアンが押し付けた、自分勝手なルールだということにも気付かないまま――。




