1:いざ敵陣へ(2)
いよいよだ。ここで下手を打つわけにはいかない。
私は視線を斜め下に落としたまま、考えを巡らせた。
公爵家の妻としての器量はないと思わせるには、型破りな行動をするのがてきめんかもしれないけれど、それではヴェルレーの家名に泥を塗ることになる可能性もある。だからあくまでもマナーの範囲内で、できる限り敬遠されるような流れに持っていかなくてはならない。
「本日はご招待を賜り、親子ともども心より感謝申し上げます」
「こちらこそ、ヴェルレー伯爵。急なお呼び立てにもかかわらず、快く応じてくださったこと、ありがたく存じます。……さあ、おふたりとも顔をあげて」
とにかく平常心を保つこと。そしてその上で自分らしく振る舞うこと。
そう心の中で強く唱えてから、意を決して顔を上げる。
「……!」
ジュリアン・ド・ラ・サントクロワ。私の不幸人生においてすべての元凶となった男が今まさに、私の目の前に立っている。そのことを認識した瞬間、何が平常心だいますぐひっぱたいてやる、と、自分でも驚くほどのスピードでさっきの決心が瓦解していくのを感じた。
とは言え、それを現実に実行してしまうわけにはいかない。代わりに、現れたな憎き魔王め! と、幼い頃にすり切れるほど読んだ冒険物語の勇者よろしく心の中で剣を構えてやった。
「……先日お会いした時と、ずいぶん印象が違うようだね」
私がそんな物騒な心持ちでいることを知ってか知らずか、ジュリアンは席に向かう足をピタリと止めて私を見つめ、まるで独り言のようにポツリと呟いた。
それはそうだろう。何せこないだのお茶会に参加した時は、そのお眼鏡にかなうべく、あなた好みの清純さを感じさせる装いを選んだのだから。
「今日は前回と違って、公爵閣下と近しいところでお顔を合わせる機会ですので、お目汚しにはなるまいと身なりをしっかり整えましたの」
背筋を伸ばし、まっすぐその目を見据え、明瞭な声色で。そう意識しながら言い、私はにっこりと微笑んだ。
「ですが……意気込んで参ったことを見透かされたようで、お恥ずかしい限りですわ」
「ああ、いやなに、恥じることはない。こないだは神々しいばかりの美しさで、少し近寄りがたいところもあったけれど……今日はまるで天使のように愛らしい。なんだか親しみを感じるよ」
「お褒めの言葉、ありがたく頂戴いたします」
やはりお化粧の効果は絶大だったと、再度頭を下げながら密かにほくそ笑む。
やり直す前の顔合わせでは、私を見て”女神”と呟いていたジュリアン。でも今回、その評価は神から天使への降格を果たしたらしい。できれば親近感すら覚えてほしくなかったけれど、天使はサントクロワ家の家紋だから、それになぞらえて歓迎の意を表したのだと思うことにしよう。
「閣下、お茶をお持ちしました」
着席を促された直後、ドアをノックする音に続いてそんな声が響く。ジュリアンの返事と共にドアが開き、公爵家の使用人たちがぞろぞろと入室してきた。
「今日の茶葉は”ビジュー・ド・ソレイユ”を準備しました。プティ・フールもそれに見合うよう、アルテュール・マティスに特別に作らせております」
「な、なんと……。そのように高貴なものをご用意して下さったとは、恐悦至極に存じます」
ジュリアンからの説明を受けた父が顔色をいささか悪くしながら、額の汗を拭った。
それもそのはず、ビジュー・ド・ソレイユは王室のみが淹れることを許された茶葉だし、アルテュール・マティスは王家が誇る宮廷専属の製菓職人だ。つまりジュリアンが準備したお茶やお菓子は、たかだか伯爵家の人間がおいそれと口にできる代物ではない、ということを意味していて、父がこれほどまでに恐縮するのは仕方のないことだった。
「クレマンス嬢、君にも気に入ってもらえるとうれしいのだが」
陶器のポットに茶葉が振り入れられ、芳醇な香りが部屋を満たしていく中で、ジュリアンが私に向かってそう声を掛けた。




