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クレマンスの告白~公爵夫人に”成り下がった”人生をやり直して、最愛の子を取り戻します  作者: 四ツ橋ツミキ
【第2章】女教皇ー理想の夫人像

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1:いざ敵陣へ(1)




 公爵家の屋敷に到着し、玄関ホールの扉が開かれた瞬間、思わず「ただいま戻りました」と言いそうになったこと以外は、概ねよい流れで席に着けたと思う。


 座り心地の抜群なソファに腰かけ、色とりどりの花や絵画で飾り付けられた部屋を見渡しながら、私は時間が迫るにつれて増していく圧力を少しでも和らげるために、小さく息をついた。


 通されたこの部屋は1階奥にあるサロンで、特別なお客様を迎えて応接するためによく使われる場所……という風に聞かされていた。自分が住んでいたにもかかわらず、まるで人づてに聞いたような情報しか持ち合わせていないのは、結婚後ここに入ったのが片手で――否、指一本あれば事足りる回数しかなかったせいだ。


 不在の主人に代わって来客をもてなすのは、公爵夫人に与えられた役割の一つでもある。つまり、しょっちゅう出入りをして然るべきのこの部屋を私がよく知らないのは、あの男が私を人前に出すのをとても嫌がっていたからだった。


「どうせ、ただの時節のあいさつ回りだったんだろ。そんなのは玄関先で軽く済ませれば良かったのに」

「バダンテール商会の会長ですよ? 仕事でお取引して頂いている方を、無碍に扱うわけにはいかないと思って」

「僕の留守を狙って訪問した意味を、君は分かっているのか? ヤツは君と一対一、差し向かいで話がしたかったに違いないんだよ」

「……それが何か問題なのですか」

「問題も問題、大問題さ! だから嫌だったんだ、君のお披露目会と称したパーティーを開くのは。こうやって、良からぬ下心を携えた男どもが寄ってくることになるんだからね」


 私を値踏みする、無粋かつ好奇的な目から守ってくれているのだと、これは彼の優しさなのだと勘違いし、ありがたみすら感じていた当時の私をひっぱたいてやりたい。


 あれは思いやりなんかではなかった。独占欲、支配欲、嫉妬心。それらが複雑に絡んだとてもよろしくない心模様が露呈しただけだと、こうして振り返ってみればよく分かる。あの時にすぐに気づいていれば、もしかしたらあんな末路を辿ることはなかったかもしれないのに。


 過去に起きた……いや、未来に起きる? どちらでもいい、とにかく私が体験した悲劇的なあの頃を思い出して肩を震わせたその時、包み込むようなぬくもりを感じた私は顔を上げた。


「……大丈夫かい、シィ。顔色がだいぶ優れないようだが」


 肩をそっと抱いてくれたのは、隣に座る父だった。


 私をいつまでも小さな子ども扱いする困った人だけれど、外に出れば威厳ある”エルネスト・ヴェルレー伯爵”としての振る舞いを決して崩さない。そんな父が幼いころからの愛称で私を呼び、眉の下がったちょっと情けない表情で心配そうにこちらを見つめていた。


「死人のようでしょうか、私」

「血色が悪いわけではないんだが……何と言えばいいか、顔つきが少し」

「不細工?」

「何を言うんだ、お前はこの部屋に飾られたどの花よりも美しい顔をしているよ! いつもより真顔が過ぎて怖いところ以外は、特に問題はない」


 残念ながらその事実は大問題でしかない、そう思った。だってお化粧では、表情までは覆い隠せないのだから。


 ある程度は仕方がないとしても、あまりに強すぎる緊張は心の脆弱さを相手に感じさせてしまい、あちらに主導権を握らせる隙を与えかねない。せっかくミラにきれいにしてもらって自信をつけたというのに、このままだと前と同じ展開になってしまう。どうしたものかと思案していると、父はため息をついて私の肩を優しく撫でた。


「今日は大事な日ではあるけれど、無理は禁物だよ。体調がよくないなら、早めに切り上げてもらうように取り計らおうか」


 いっそ中止にしてください、そう言いかけた口をつぐみ、首を横に振る。


 ぜったいに、嫌われてやる。そう心に決めてここに来たのだ。


 あの男との結婚生活では、私は理不尽に束縛され続けてきた。堂々とした態度も、はっきりとした言葉遣いも、美しさを追求した装いも禁じられ、常に楚々たる花のように生きることを強制された。


 あんな人生を繰り返さないためには、今日この日、きっちり決着をつけなくてはならない。


「少し緊張はしているけれど、お父様がいて下さるから平気。でも”シィ”という呼び方、とても懐かしくて涙が出そうだからやめて下さると助かります」

「……? 懐かしいと表現するのはよく分からないが、お前が不快なことはしたくない。今後は控えるとしよう」

「ありがとう。無事に家に戻れたら、たくさん呼んでくださいまし」

「え、いいの?」

「もちろんです。私はこの先何があろうとも、お父様とお母様の娘ですから」

「ああ、シィ……! ここが公爵閣下の邸宅でなければ、もっと強く抱きしめてやったというのに!」


 そんなやりとりをしている内に、サロンのドアがノックされた。こちらの返事を待たずして扉が開かれる。私は父に続いてその場で立ち上がると、ドレスのスカート部分を軽くつまみ、膝を軽く折りながら恭しく頭を下げた。







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