4:純潔は誓わない
すっかり身支度を終え、きれいに着飾られた鏡の中の自分が、空のような青い瞳で私を見つめている。緊張からか恐怖からなのか、見たことがないくらいにものすごい真顔をしていて、自分のことがなんだか可哀想になってしまった。
「……お嬢様、今日は一段とお美しゅうございます」
「いいのよミラ、無理をしないで。表情がおかしなことになっているのは、私も重々承知しているの」
「申し訳ございません! 私がもっと演技派であったなら……!」
「謝ることはないわ。あなたが嘘をつけない人柄であるおかげで、世の社交辞令マスターたちによるお世辞を真に受けずに済むのだから」
「賢しい手練手管は、今よりさらに齢を重ねつつ得るものです。まだまだうら若き乙女であるお嬢様は、深読みなどせずもっと可憐に真に受けていいのですよ」
そうだとしても、この顔はない。
いつもはほんのり赤みの差す肌がすっかり血色をなくしており、白さを通り越して青くさえ見える。こんな死人みたいな状態で階下に降りれば、きっと父も母も、医者だ悪魔祓いだと騒ぎ立てるに違いない。
「体調不良で今日は延期、ということにならないかしら」
「ご安心下さい。確かに今のお嬢様はいつもの半分もポテンシャルを発揮できておりませんが、そこら辺のご婦人方よりははるかに美しさをたたえていらっしゃいます」
「私が心配しているのはポテンシャルの低さではないのだけれど、褒めてくれてうれしいわ。……今のは褒めてくれているのよね?」
「ポテンシャル以外に何をそこまで不安に感じていらっしゃるのかは分かりかねますが、褒めているのは確かです」
会いたくない。今会えば、よくも殺してくれたなと殴りかかってしまうかもしれないから。
でも、王家の親族である公爵からのありがたい申し出を退けたとあれば、今後ヴェルレー伯爵家が社交界でどんな扱いを受けることになるかなんて、考えなくても分かる。
それならば、女性としての武装を施して敵陣に赴くことにしよう。ついさっきまで――自分の感覚としては、だけれど――私を虐げていたあの男に相まみえるのだ。やり直し前は純潔さを演出するためにスッピンで挑んだけれども、今回はそういうわけにはいかない。
「ねえ、ミラ。少しチークを足してくれない?」
「私も同じことを考えておりました。頬だけでなく、額と鼻先、あごにも軽く入れましょう。あとは首、鎖骨のあたりと、指の関節部分も……」
「リップもお願い。お話をするときに唇が乾いているのをご覧になったら、きっとがっかりなさるでしょうから」
「そうですね。つやっつやのぷるっぷるになるよう、はりきって付けさせていただきます!」
その勢いだとギットギトになりそうだけれど、今回に関してはむしろそれくらいに意気込んでやってもらった方が、装甲が分厚くなっていいのかもしれない。
「この際だから、思いきり塗りたくってちょうだい。ミラの思うままに」
「よろしいのですか? 私のお化粧したい欲を、ここぞとばかりに発散してしまっても」
「実験的なことはやめてね。世間一般で通用する、社交界で絶対に浮かない手技だけにとどめて」
「えー!」
「……」
「お調子に乗ってしまい申し訳ございません。ご心配頂かなくとも、重々心得ております」
ミラのこの言葉は信用ならなかったけれど、私の鏡越しの視線はそれなりに牽制となったのだろう。お化粧というのは本当にすばらしい道具だ、そう心から思わせてくれるほどの出来上がりにしてくれた。
「いかがです? 元・葬儀屋の娘の実力は!」
「ええ、さすが。さっきまで死人みたいだったのが嘘のよう」
「そうでしょうとも! なにせ私、”死に化粧をさせたら界隈随一”との呼び声高かった……母の一番弟子ですから」
「あなたの呼び声がそうでもなさそうなのは残念だけれど、私は素晴らしい腕前だと確信しているわ」
血でも抜かれたかというくらいに真っ青だった私の肌は、いまや何事もなかったようにいつもの色つやを取り戻している。表情の固さはまだ残ってはいるけれど、慣れない顔合わせの場で緊張しているのだと勘違いしてくれることを期待しよう。
「ご準備は整いましたか」
ドアの向こうから声を掛けられ、ミラと顔を合わせる。
「参りましょう。いざ、公爵閣下とのご対面に!」
「ええ、いざ! ……いざ……、参りましょう……」
「お声が儚い! しっかりなさいませ、お嬢様ー!」
ああ、だめ。生き返らせてもらった身でこんなことを言うのはなんだけれど、もう死にたい、私……。




