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5. 彼が欲しかったもの

◇◇◇




「ねぇねぇ、タロちゃん。なんでこの仕事をやろうと思ったの?」


 ある日、私が各居室を掃除して回っていた時のこと。

その日も、部屋の中には彼一人しか居なかった。

ゴミ箱の中身を回収しつつ、たわいもない会話をしていた最中さなか、そんな疑問が口をついてでた。


 確か、タロちゃんがアイドル雑誌を開いているのを見て、どのアイドルが好きだとか……そんな会話をしていたと思う。

 彼は静菜ちゃんのファンだと言った。それを聞いて、当時まだ同性愛に偏見があった私は、思わず驚いてしまった。

「へぇ!トッシーカッコいい!とか言うと思ってたわ」

 彼は、あはは…と軽く笑った。


「最初は、家族に怪しまれないように、わざと可愛い女の子のポスターを部屋中に貼ってたの。熱烈なファンの振りをしてね。彼女が音楽番組に出たらはしゃいで、テレビを占領してみたり…。そしたら、いつの間にか本当にファンになっちゃってた」


「あーわかるぅ。めっっちゃくちゃ可愛いし、歌がうまいもんね! でもさぁ……タロちゃんは男の人が好きなんでしょ? そのこと、家族には内緒だったんだ?」

「うん、言えないね。多分、一生」

 迷いなくそう言った後、彼は少しだけ寂しそうに笑った。

「こんな俺を受け入れてほしい、だなんて。…とても頼めないよ……」

 頼む、という言葉を使う彼に、違和感を覚えた。

(家族に、自分のことを話すだけなのに?)

 私にとって《家族》は、この世における唯一絶対的な味方、という認識だった。口うるさくはあるけれど、それは私のことを思ってくれているからこそ……と理解している。私が何かやからしたとしても、きっと家族だけは無条件で受け入れてくれる。

 けれど……彼は、家族に受け入れてもらうために、『頼む』必要がある、といった。


(ま、世の中にはいろんな家族がいるみたいだから)

 私はそれ以上深く考えるのをやめた。

とりあえず、彼は家族に対してすら、とても真面目で真摯に接していたのだろう、と思うことにした。


 ふと。そうなると、そんな真面目な彼が、なぜ不特定多数の相手に体を売る仕事になんか、就こうと思ったのだろう。その気になればアルバイト先なんて、他にもいくらでもあっただろうに……。気になった途端、抑えきれないほどの興味がムクムクと頭をもたげてきた。

 あまり深く考えもせず、私はそのまま、浮かんできた問いを口にしたのだ。

──なぜこの仕事に就いたの……と。

 彼は少し考えてから、答えてくれた。


「俺……恋人が欲しいんだ」


 予想以上に、正直な告白だった。聞いた私の方が戸惑ってしまうほど。


「俺、中学生のときに自分が同性愛者だって気づいたんだ。その頃から、このままこの田舎じゃ生きられないな…って思ってたの。それで、高校を卒業してすぐ両親の反対を押し切って、家出するみたいに上京した。最初は、出会いを求めて二丁目にも行ってみたけど……ノリが合わなくて…。俺あんまり会話とか、上手くないからさ。それで、こういうお店なら、たくさんの人と出会えるし……」


「ま、待って待って!ストーップ! ちょっと、そんなこと私に言っちゃダメでしょっ。…いや、聞いた私の方が悪いんだけど!」

 慌てて彼の口を塞ぎ、小声でまくしたてた。この部屋の壁は薄い。こんな話が他の誰かの耳に入ったら、ただでは済まないだろう。

「……最初に言われたでしょ⁈ お店を通さず、お客さんと個人的に会ったり、連絡先を交換したりするのは厳禁だ…って!」

 この店のマネージャーは普段は優しげな微笑みを浮かべているが、ちゃんとヤのつく組織の一員だ。ルールを破った日には、どんな目に遭わされるか…想像もつかなかった。

「あ、ち…違うよ…。お客さんと付き合うとか、そんなつもりはなくて……。ただ、こういうお店で働いて、いろんな人とたくさん出会って接客してれば、そのうちに俺の会話力も上がってくんじゃないかなって。そう思って……」

 モゴモゴと答える彼の言葉を聞いて、肩の力が抜けた。ようやく押さえていた手を下ろす。

「こんなこと、いうまでもないけどさ。ヤミケンはダメよ。ゼッタイ」

 そんなことしないよ…、と彼は穏やかに笑う。その頬が、少し赤くなっていた。口をおさえた時に爪で引っかいてしまったのかもしれなかった。

「あっ頬っぺた赤くなってる…ごめんね、痛かったでしょ?」

「なんともないよ」

 大丈夫、気にしないで……。そう言う彼に、せめてものお詫びにと、ポケットに入っていた飴玉を渡した。一つの小袋に、二つの小さなキューブ型のキャンディが並んで入っている。カラフルで可愛らしい飴を見て、彼は少し微笑んだ。

「この飴、おいしいやつだ。ありがとう」

「そー。私もこれ好きなのー……」

 ちょうどその時だった。マネージャーが彼を呼びにきたのは。彼は慌ててポケットに飴をしまった。光の速度よりも速く掃除に戻っていた私を、マネージャーが横目でチラリと流し見た。しかし何も言わず、彼に向かって指名予約が入ったことを告げた。しかも相手はなんと、二泊三日の旅行デートプランを希望している、らしい。


「え、谷川さんがですか? …はい、これからも頑張ります!」


 マネージャーに褒められた彼は緊張ぎみに…、でもほんのりと頬を赤らめて嬉しそうに答えた。

「あと、今日は他に九〇分コースの指名も入ってるから。準備できたら、下に来て」

 そう言ってマネージャーは部屋から出ていった。今日は車での送迎付きのようだ。当然だろう。二泊三日の旅行ともなれば、料金は相当な額になる。彼が稼げるボーイだと判断されれば、マネージャーの対応はこれからどんどん手厚くなっていくことだろう。

「…やるじゃん。さすがタロちゃん!」

 掃除の手を止め、親指をあげてみせた私に、彼も同じポーズを返してきた。

イタズラっぽく微笑む彼の頬には、薄くエクボが浮かんでいた。




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