4.タロちゃん
◇◇◇
ボーイ達の中で、特に記憶に残っている子がいる。
あれは、彼が初出勤の日のことだった。
「初めまして……これからよろしくお願いします」
彼は緊張した面持ちで、管理人室を訪れた。……なんと、手土産を持参してきたのだ。
「これ良かったら。つまらないものですが……」
「えっ…? あ、ど、どうも…ご丁寧に…」
私は戸惑いつつ、差し出された季節のゼリーの詰め合わせを受け取った。挨拶に手土産を持って行くという行為自体は悪い行いではない……のだと思う。だが、この場合は、かなりズレた印象を受けた。
(あれれ、この子、ちょっと変わってるひとなのかもしれない……)
……と、いうのが初対面の彼のイメージだった。
私の心配をよそに、彼はとても真面目な性格の持ち主だった。勤務態度も良く、廊下ですれ違う全員に、きちんと挨拶をする。そんな姿が印象的だった。なんとなくだが勝手に、ド田舎出身なのかな…、などと思った。地味で素朴な雰囲気もあいまって、都会の空気に慣れていない感じがした。なんだか、すぐに騙されてしまいそうで心配になる……そんなタイプだった。
こっそりのぞき見た資料によれば、彼が風俗店に勤めるのはこの店が初めてのようだ。そして予想通り、東海地方の田舎の出身だった。地元の高校を卒業後、すぐに上京したようだ。
新卒で選んだ就職先が水商売とは…。彼も何か訳ありの身の上なのだろうな、と予想できた。
他のボーイたちとも、あいさつ程度の会話はしていた。けれど、あえて深い話をするほど親しくなった子はいなかった。みんな、それぞれ事情を抱えているのを感じだから。
お金に困っている子、家族と縁を切っている子……トラブルの匂いを感じる子もいた。
だから、できるだけ関わらないようにしようと思った。
面倒ごとには、巻き込まれたくなかったから……。
……それなのに。
彼との会話が楽しい、と思うようになるまで、そう時間は掛からなかったと思う。
彼は陽気で話好き、というタイプではなかった。むしろ無口で、あまり自分からは積極的に話しかけてはこない。しかし、こちらの話を真剣に聞いてくれるので、気がつけばつい余計なことまで打ち明けてしまう。そういう、聞き上手なところがあった。
私自身、彼には相当あけすけに話していた記憶がある。
別れたばかりのチーマーの元彼氏に対する恨み節や、理想の結婚相手の条件。さらに、巷で話題のイタリアンレストランの新しいデザートが食べたいという話、体重が三キロ増えてしまったので落とさないといけないという話……などなど。思いつく限りさまざまなことを彼に打ち明けた。どんな話も、彼は相槌をうって真面目に聞いてくれるのが、嬉しかった。
逆に私が、お茶挽きばかりで落ち込む彼を、励ますこともあった。
「タロちゃんて、めっちゃいい奴だもん! 良さをわかってもらいさえすれば、そのうち絶対人気出るよ! 大丈夫だって!」
「そうだといいんだけど…」
「そうだって!あたしが保証する! むしろさ、変な客に気に入られちゃうんじゃないかって…そっちのほうが心配なくらいだよ!」
「それは確かに。売れないより嫌かも」
「大丈夫。いざという時は、あたしがタロちゃんを守ってあげるからね!」
「……ところでさ、その『タロちゃん』って……もしかして俺のこと?」
「うん。昔うちで飼ってた犬にそっくりなんだよ、アナタ。タロって名前でね。タロちゃん〜って呼んでもイイ?」
そう言いながら頭をなでると、彼は困ったように上目遣いで見返してきた。その顔がもう、まるっきりタロで──可愛くて、年上だなんて信じられなかった。
「うわっちょっと……美佳ちゃんっ⁈」
焦ったような声を上げる彼を、ぎゅっと力を込めて抱きしめてしまった。
最初は人見知りしていた彼だったが、私に対してはすぐに心を許してくれたようだ。元々、押しに弱いタイプなのか、それとも単なる寂しがりやだったのか。
どちらにせよ、私を見かけたとたん目を輝かせて駆け寄ってくるその感じは、もう、昔のタロそのものだった。思わず笑ってしまうほど懐かしくて、彼に対する愛しさがますます募った。




