表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

4.タロちゃん

◇◇◇



 ボーイ達の中で、特に記憶に残っている子がいる。


 あれは、彼が初出勤の日のことだった。

「初めまして……これからよろしくお願いします」

 彼は緊張した面持ちで、管理人室を訪れた。……なんと、手土産を持参してきたのだ。

「これ良かったら。つまらないものですが……」

「えっ…? あ、ど、どうも…ご丁寧に…」

 私は戸惑いつつ、差し出された季節のゼリーの詰め合わせを受け取った。挨拶に手土産を持って行くという行為自体は悪い行いではない……のだと思う。だが、この場合は、かなりズレた印象を受けた。

(あれれ、この子、ちょっと変わってるひとなのかもしれない……)


 ……と、いうのが初対面の彼のイメージだった。


 私の心配をよそに、彼はとても真面目な性格の持ち主だった。勤務態度も良く、廊下ですれ違う全員に、きちんと挨拶をする。そんな姿が印象的だった。なんとなくだが勝手に、ド田舎出身なのかな…、などと思った。地味で素朴な雰囲気もあいまって、都会の空気に慣れていない感じがした。なんだか、すぐに騙されてしまいそうで心配になる……そんなタイプだった。

 こっそりのぞき見た資料によれば、彼が風俗店に勤めるのはこの店が初めてのようだ。そして予想通り、東海地方の田舎の出身だった。地元の高校を卒業後、すぐに上京したようだ。

 新卒で選んだ就職先が水商売とは…。彼も何か訳ありの身の上なのだろうな、と予想できた。

 他のボーイたちとも、あいさつ程度の会話はしていた。けれど、あえて深い話をするほど親しくなった子はいなかった。みんな、それぞれ事情を抱えているのを感じだから。

お金に困っている子、家族と縁を切っている子……トラブルの匂いを感じる子もいた。

だから、できるだけ関わらないようにしようと思った。

面倒ごとには、巻き込まれたくなかったから……。


……それなのに。


 彼との会話が楽しい、と思うようになるまで、そう時間は掛からなかったと思う。

彼は陽気で話好き、というタイプではなかった。むしろ無口で、あまり自分からは積極的に話しかけてはこない。しかし、こちらの話を真剣に聞いてくれるので、気がつけばつい余計なことまで打ち明けてしまう。そういう、聞き上手なところがあった。

 私自身、彼には相当あけすけに話していた記憶がある。

別れたばかりのチーマーの元彼氏に対する恨み節や、理想の結婚相手の条件。さらに、巷で話題のイタリアンレストランの新しいデザートが食べたいという話、体重が三キロ増えてしまったので落とさないといけないという話……などなど。思いつく限りさまざまなことを彼に打ち明けた。どんな話も、彼は相槌をうって真面目に聞いてくれるのが、嬉しかった。


 逆に私が、お茶挽きばかりで落ち込む彼を、励ますこともあった。


「タロちゃんて、めっちゃいい奴だもん! 良さをわかってもらいさえすれば、そのうち絶対人気出るよ! 大丈夫だって!」

「そうだといいんだけど…」

「そうだって!あたしが保証する! むしろさ、変な客に気に入られちゃうんじゃないかって…そっちのほうが心配なくらいだよ!」

「それは確かに。売れないより嫌かも」

「大丈夫。いざという時は、あたしがタロちゃんを守ってあげるからね!」


「……ところでさ、その『タロちゃん』って……もしかして俺のこと?」

「うん。昔うちで飼ってた犬にそっくりなんだよ、アナタ。タロって名前でね。タロちゃん〜って呼んでもイイ?」


 そう言いながら頭をなでると、彼は困ったように上目遣いで見返してきた。その顔がもう、まるっきりタロで──可愛くて、年上だなんて信じられなかった。

「うわっちょっと……美佳ちゃんっ⁈」

 焦ったような声を上げる彼を、ぎゅっと力を込めて抱きしめてしまった。


 最初は人見知りしていた彼だったが、私に対してはすぐに心を許してくれたようだ。元々、押しに弱いタイプなのか、それとも単なる寂しがりやだったのか。

どちらにせよ、私を見かけたとたん目を輝かせて駆け寄ってくるその感じは、もう、昔のタロそのものだった。思わず笑ってしまうほど懐かしくて、彼に対する愛しさがますます募った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ