12. 金木犀の季節に
「えっ……?」
人で賑わう街中を歩いたら、彼のそっくりさんを一人は見かける。そのくらい平凡で、どこにでもいるような男の子だった。しかし……、いま目の前にいるのは、似ているなどという言葉を通り越していた。
服装や髪型、身にまとう雰囲気まで、当時の彼そのものだったのだ!
超常現象を目にした人は、きっとこんなふうに感じるのだろう。
目の前の存在の異様さに震え、それから、自分の頭がおかしくなったのかと疑い、恐ろしくなる。
「………っかしーなー? たしか、この辺だったはずなんだけど…」
呆然と立ち止まる私の目の前で、青年はキョロキョロと付近の建物を見回していた。この辺りは、かつては人気店が立ち並ぶレストラン街だった。しかし、広い表通りに客足を奪われたらしく、通り沿いは寂れ、ほぼ全ての店にシャッターが下ろされていた。
「あれー? 道、間違えたかのなぁ……」
何かを探しているのか、青年が首をかしげる。
彼のそばには、背の高い男が二人いた。双子なのか、雰囲気も体格も瓜二つ。二人とも色素の薄い髪と、人形のように整った顔立ちをしている。遠目にも、目が覚めるような美貌の持ち主だとわかった。
「さっきから、何を探しているんだ?」
そう言いながら、男の一人が青年の腰を抱き寄せる。その自然な仕草に、思わずドキリとした。
「いや、ちょっと来ない間に、街並みが変わったような気がして……。うーん。たしかここらへんに、新しくイタ飯屋ができたって聞いたんだけど。そこの『ティラミス』ってデザートが、すんごい美味しいらしいの」
「ほう……」
「いま話題だって、友達に教えてもらったからさ。おまえらも食べてみたいだろ?」
「別に……。目的の店が見つからないなら、無理に探さずとも。我らは其方の好きなものであれば、なんでもいいぞ?」
「そう言うなって。せっかくここまで来たんだからさ。いいもの食べてこ? まだまだ美味いもんがいっぱいあるってこと、俺が教えてやるからさ」
双子らしき、派手な装いの男たちに向かって、青年が微笑む。
「あ、ついでにレコード屋によってもいいか? 前に出た静菜ちゃんのCD、まだ買えてないんだよ。歌もいいし、ジャケットの写真がまた超かわいくてさー!」
「…しずなちゃん…?」
「…誰だ?」
「いちいち嫉妬すんな。アイドルだよ、ア、イ、ド、ル!」
青年が、困惑顔の男たちを置き去りにして歩き出した。こっちに向かってくる。近づいてきた彼を見て、私は思わず一歩、後ずさった。
しかし、幸い…なのかなんなのか。彼は私には全く気付かなかった。悪戯っぽい微笑みを浮かべたまま、私の隣を通り抜けていく。二十歳の頃のままの、軽やかな足取りで。
すれ違いざま、彼が何やら口ずさんでいることに気付いた。
──…… うたかたの夢だと諦めて 嘘で飾ったドレスで わたし踊るの あなたが気付いてくれるまで……
微かに聞こえたのは…、かつて大人気だったアイドルの、懐かしいヒットソングで。
「……えぇ……?」
どういうこと…???
幻覚や白昼夢にしては、妙だ。自分でも内容が突飛すぎて、訳がわからなかった。
呆然と立ち尽くしている私の横を、青年を追いかけて男たちが通り抜けていく。風が流れ、甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「──そうだ。あとで、みんなでカラオケ行こうぜ」
「からおけ……?」
「個室で歌を歌うんだよ。楽しいし、大声で歌えばストレスも吹っ飛ぶ。あー……でも、新曲はまだ入ってないかも。追加に時間かかるんだよなぁ……」
忘れたくても忘れられなかった、あの声だった。
けれど、背後から聞こえるその口調には、かつて私が知っていた彼にはなかった甘さがあった。
こんなふうに、甘えた声で話すことがあったなんて──
知らなかった。
「………あちゃん。おばあちゃんってば。ねぇ、さっきから、こんなとこでぼーっとして、どうしたの。大丈夫?」
孫の声で、我にかえった。
「急に裏通りの方に入っていくから、びっくりしちゃったじゃん!」
「マコちゃん……、いま、通り過ぎた人たち…」
そう言いながら振り返った時には、もう三人の姿はどこにもなかった。
ただ、空気の中に季節外れの金木犀の香りだけが、名残のように漂っていた。
「今って? 誰もいなかったよ?」
「………」
不思議そうな孫の顔をじっと見る。首を振った。
「……ううん。ごめんね、なんでもないの。…おばあちゃんね、昔、この近くで働いていたことがあって。それでね……昔のことを思い出して、つい懐かしくなったの」
そう言った私の顔を見て、孫は「ふうん」と言った。
あの平凡で純朴な青年が、人知れずどこかで幸せに暮していればいいな、と。
そんな想像を巡らせたことがあった。
ずっと欲しがっていた恋人を得て、しあわせに笑ってくれていればいいと……。
「ねぇ、マコちゃん。心理学で、匂いを嗅いで記憶が蘇ることを、ナントカ効果って言ったと思うんだけど、わかる?」
「んー……? ちょっと待って」
孫はスマホから顔を上げず、何やらトトトッと操作する。そして、
「あー、『プルースト効果』でしょ? これってフランスの小説家の名前が元なんだって」
と言った。
「そう、それよ。プルースト効果…」
鼻腔に残る、甘い花の香り。
歩き去っていく後ろ姿が瞼の裏をよぎる。
寄り添いあい、仲の良さが滲み出ているようだった。
じゃれつく青年を見つめる、双子の優しい眼差し。
幸せそうに微笑む彼は、私の心が勝手に作り出した幻想だったのか。
それとも、ほんの少しだけ、現実の向こう側に触れた瞬間だったのか。
また季節が巡り、次の秋。あの花が咲いたら。
あの香りで、私は一体どんな気分になるのだろう。何を思い出すのだろう?
ふと、来年になるのが待ち遠しいような……、そんな気がした。
【終】
まだまだ未熟なところも多かったかと思いますが、
読んでくださった方、誠にありがとうございました。
関連するお話をまた書いていきたいと思いので、お付き合いくださると嬉しいです。




