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11. 問い





「でね、おばあちゃん……、ねえ、聞いてる?」


「ええ、うん、もちろん」


 思いを引きずったままの町を歩いているせいだろうか。楽しいはずの孫とのおしゃべりも、いつしか気もそぞろになっていた。









 あの事件は──

 今もなお「多くの謎を残した怪事件」として、テレビなどでたびたび取り上げられている。


 動機は、一人目の被害者となった青年に対する、犯人の『逆恨み』だった。妄想に囚われた犯人は、その後も無関係の人々をつけ狙い、次々と命を奪った。


 最大の謎は、その“やり方”だった。


 犯人は、凶行のあと現場で遺体を解体していた。普通なら辺り一面が血の海になっていてもおかしくない。それなのに、事件現場には血の一滴すら残されていなかったという。

「平成最大のオカルト事件」と呼ばれたのも、この不可解さ故だ。


 かつてテレビ番組で再現映像を見たことがある。血が飛び散らないよう細工された“犯行部屋”。素人目にも、かなり大がかりな仕掛けが必要だった。

入念に準備した場所に被害者を連れ込み、犯行後すべてを片付ける───

とても単独犯とは思えない、と専門家も話していた。


 警察は「共犯者がいた可能性が高い」として捜査を続けた。だが、その影すら見つからないまま、年月だけが過ぎていった。


 そして。

被害者の名簿に、彼の名前が載ることは、とうとうなかった。


 正直、ほっとした。同時にそんな自分が嫌になった。

 安心と嫌悪が入り混じった複雑な感情だけが、いまも胸の奥で渦を巻いている。



 あとでわかったことだが、犯人は多くの若者に声をかけていた。条件が合わないと見ると、すぐに別の標的へ移っていたらしい。

 タロちゃんも、そのうちのひとりだった。

でも彼は真面目で慎重で、店でも人気があったので何かと配慮されていた。とても、“狙いやすい相手”だったとは思えない。

それなのに、なぜ。

犯人は彼に固執したのか。ストーキングをするほど、なぜ。



(それとも……やっぱり、彼の失踪と事件とは関係がなかった?)


 何度も何度も繰り返してきた問いが、今日もまた頭の中を巡る。犯人がこの世を去った今となっては、真実が明かされることはもうない。それでも、考えることだけはやめられない。


 あの日、ふいに、煙のように姿を消した彼のことを知る者は、今も誰一人としていない。

私しか、本当の彼の居場所に気づいてあげられる人はいなかったのかもしれないのに──。





「おばあちゃん、あれ食べよ!」



 だんだんと表情が暗くなる私を、疲れていると思ったのだろう。目当ての店を見つけた孫が、ほっとしたように私に言った。

 通路沿いにあるこぢんまりとしたテイクアウト専門店の前には、数人が並んでいる。店の周りには、どっさりとクリームがのった飲み物の写真が飾られていた。


「ここのフラッペ、すっごい人気なんだよ。SNSで見て、一度来てみたかったの」


 味も重要だが、見た目が肝心な時代だ。『うちもなにか『映える』新作を!』、と夫が話していたことを思い出しながら、私は孫に財布を渡した。


「おばあちゃん冷たいもの食べると、お腹冷えちゃうから……。ここで待ってるから、マコちゃん行っておいで」


 そう言いながら、路肩のコンクリートブロックに腰を下ろした。ここならば建物の陰で涼しいし、お店からも見えて安心だ。


「じゃあ、ちょっと待っててね。すぐ買ってくるから」

「ゆっくりでいいからね。慌てないでね、マコちゃん」

 そう言って店に向かう孫を見送った。


 目の前の大通りには、絶え間なく大勢の人が流れていく。

 ふと、向かいのビルとビルの間から、薄青くけぶる山が見えた。ちょっと特徴的な形をしている。町並みはすっかり変わっていても、遠くに見えるその景色は変わっていない。おかげで、自分がいま、かつてあのアパートが建っていた場所の近くにいたことを知った。

 孫の方を見れば、まだ前に三人並んでいる。私はふらりと腰を上げ、背後のビルの隙間にある細い通路へと、足を踏み入れた。

 ほんの一本、道をそれただけなのに、あたりの空気が一変した。なんだか薄暗く、人気がなく閑散としていた。


 なぜその裏通りに入ってみようなどと思い立ったのか、自分でもわからない。まるでなにかに誘われるように、足がそちらに向いた。

 なにかがあると期待していたわけでもない。

私はただ漫然と、寂れた通りをぐるりと見渡した。そして、孫のところへ戻ろうと、踵を返した。


 思わず、足が止まった。


 どこかで見たような後ろ姿が、視界の隅に引っかかったのだ。


(馬鹿な)

そう心の中で呟く。笑おうとしたが、笑えなかった。

 もはや脳裏に焼き付いてしまった、あの日、最後に見た姿のままの彼が。


様変わりした街角を、トコトコと歩いていたのだ。







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