表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/12

10. 日常

◇◇◇◇◇






「ねえねえ、おばあちゃん。この近くに、すっごく可愛いスイーツ店があるんだって」


 キラキラと期待に輝く目で、孫が見上げてくる。私は思わず苦笑いをした。




「おばあちゃんと、二人でお出かけがしたいの」

 今年15歳になる孫にそう言われたのは、先月のこと。お誕生日プレゼントに何が欲しいか聞いた時の話だ。

『いまは特に思いつかない、でもおばあちゃんとお出かけがしたいナ』、と。

 孫のマコは幼い頃から「おばあちゃん、おばあちゃん」とよく懐いてくれたので、孫のなかでもとりわけ可愛いかった。同居でなかったから、余計にかもしれない。


 次の休日、孫に連れられ電車を乗り継ぎたどり着いた場所。そこはかつて若き日を過ごした、あの町だった。

 数年ぶりに足を踏み入れた町は、すっかり様変わりしていた。あの頃とは違い、街の大通りは海外からの観光客でひしめき合っている。最近よく聞く、インバウンドというもののせいらしい。

(一昔前の『爆買い』とはまた違うのかね)

 などと考えている横で、孫は私をどこかへ導いていく。どうやら私を連れて行きたい場所があるらしい。


 目的地に着いたようで、可愛らしい装飾がされた店舗の前で、孫がもじもじしながら私にねだってきた。


「あのね、おばあちゃん。わたし、オペラカンタータのミニ財布が欲しいの♡ お友達とお揃いにしたくて。でもママはダメって言うし……」


 聞いたことのないブランドだった。きっと今の若者の流行りなのだろう。店内で孫のいう財布の値札を見ると、ゼロが四つ並んでいた。なかなかのお値段だ。

 甘やかすんじゃない、と後で娘に叱られるかもしれない。けれど、普段は固い財布の紐も可愛い孫のおねだりとあれば、際限なく緩んでしまう。


(いいじゃないか。こんな時のために働いているんだからさ)

 

 飛び跳ねて喜ぶ孫を見て、私自身、いいお金の使い方をした、と満足感を感じていた。





 高校を卒業後、私は地元企業に就職した。そして仕事先で出会った人と、二十代で結婚。すぐ息子と娘に恵まれた。

 子供たちにようやく手がかからなくなった頃、夫が急に脱サラしたいと言い出した。喫茶店を開くのが昔からの夢だったと初めて打ち明けられたのだ。

『人生いつ何が起こる分からない』。そのことを痛いほど知っていた私は、ためらうことなく夫の背中を押した。


 店の場所を探していたとき、信じられないほど理想的な物件が見つかった。ただ…、その場所がかつて“あの事件”の廃墟と同じ町内にあると知ったときは、さすがに驚いた。

 すでに廃墟はなく、今では商業ビルが建っているという。それでも、偶然にしてはできすぎていた。反対したかった。けれど、これ以上ない好条件だったこともあって、私は仕方なく受け入れるしかなかった。


───まるで「あのことを忘れるな」と何かに導かれているような気がして、ほんの少し、怖くもあった。


 紆余曲折あったものの店の経営も安定し、なんとか家族を養える程度の収入を得られるまでなった。

そして私は五十代で『おばあちゃん』に。成長した孫との関係も良好で、今ではこうして一緒にお出かけするほどの仲だ。

どこにでもある、普通の家庭。

他人から見れば、何不自由なく、幸せな人生なのだろう。


───たとえ、誰にも言えない秘密を抱えていたとしても。

人は案外、普通に生きていけるのだと、いまの私は知っている。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ