10. 日常
◇◇◇◇◇
「ねえねえ、おばあちゃん。この近くに、すっごく可愛いスイーツ店があるんだって」
キラキラと期待に輝く目で、孫が見上げてくる。私は思わず苦笑いをした。
「おばあちゃんと、二人でお出かけがしたいの」
今年15歳になる孫にそう言われたのは、先月のこと。お誕生日プレゼントに何が欲しいか聞いた時の話だ。
『いまは特に思いつかない、でもおばあちゃんとお出かけがしたいナ』、と。
孫のマコは幼い頃から「おばあちゃん、おばあちゃん」とよく懐いてくれたので、孫のなかでもとりわけ可愛いかった。同居でなかったから、余計にかもしれない。
次の休日、孫に連れられ電車を乗り継ぎたどり着いた場所。そこはかつて若き日を過ごした、あの町だった。
数年ぶりに足を踏み入れた町は、すっかり様変わりしていた。あの頃とは違い、街の大通りは海外からの観光客でひしめき合っている。最近よく聞く、インバウンドというもののせいらしい。
(一昔前の『爆買い』とはまた違うのかね)
などと考えている横で、孫は私をどこかへ導いていく。どうやら私を連れて行きたい場所があるらしい。
目的地に着いたようで、可愛らしい装飾がされた店舗の前で、孫がもじもじしながら私にねだってきた。
「あのね、おばあちゃん。わたし、オペラカンタータのミニ財布が欲しいの♡ お友達とお揃いにしたくて。でもママはダメって言うし……」
聞いたことのないブランドだった。きっと今の若者の流行りなのだろう。店内で孫のいう財布の値札を見ると、ゼロが四つ並んでいた。なかなかのお値段だ。
甘やかすんじゃない、と後で娘に叱られるかもしれない。けれど、普段は固い財布の紐も可愛い孫のおねだりとあれば、際限なく緩んでしまう。
(いいじゃないか。こんな時のために働いているんだからさ)
飛び跳ねて喜ぶ孫を見て、私自身、いいお金の使い方をした、と満足感を感じていた。
高校を卒業後、私は地元企業に就職した。そして仕事先で出会った人と、二十代で結婚。すぐ息子と娘に恵まれた。
子供たちにようやく手がかからなくなった頃、夫が急に脱サラしたいと言い出した。喫茶店を開くのが昔からの夢だったと初めて打ち明けられたのだ。
『人生いつ何が起こる分からない』。そのことを痛いほど知っていた私は、ためらうことなく夫の背中を押した。
店の場所を探していたとき、信じられないほど理想的な物件が見つかった。ただ…、その場所がかつて“あの事件”の廃墟と同じ町内にあると知ったときは、さすがに驚いた。
すでに廃墟はなく、今では商業ビルが建っているという。それでも、偶然にしてはできすぎていた。反対したかった。けれど、これ以上ない好条件だったこともあって、私は仕方なく受け入れるしかなかった。
───まるで「あのことを忘れるな」と何かに導かれているような気がして、ほんの少し、怖くもあった。
紆余曲折あったものの店の経営も安定し、なんとか家族を養える程度の収入を得られるまでなった。
そして私は五十代で『おばあちゃん』に。成長した孫との関係も良好で、今ではこうして一緒にお出かけするほどの仲だ。
どこにでもある、普通の家庭。
他人から見れば、何不自由なく、幸せな人生なのだろう。
───たとえ、誰にも言えない秘密を抱えていたとしても。
人は案外、普通に生きていけるのだと、いまの私は知っている。




