表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

1.金木犀の香り

目をとめていただきありがとうございます。





「私、キンモクセイの香りって苦手なのよねぇ……」


 そう言った私を、近所の奥さんがカウンター越しに無言で見上げてきた。『…で?』とでもいいたげな顔をしている。沈黙に促され、私は続けた。

「あの花って、木がどこにあるのかわからなくても、香りで気付くくらい匂いが強いじゃない?」

「あぁ……まぁ、そうね」

「この近所にも植えられてるみたいで、花の時期は窓なんて開けられたもんじゃないのよ」

「ああ、珈琲の香りを邪魔しちゃいますもんね?」

 得心がいった、とばかりに頷く奥さんに、私は首を横に振り返した。

「ううん。確かにうちは喫茶店やってるけどね、そんな理由じゃあないの」

 奥さんは戸惑った顔で、目の前のアイスコーヒーのストローをくるくると回した。

 それもそのはず。いままで、自身の体験談を黙って聞いてくれていた相手が、唐突にこんな話をし始めたのだから。こんな顔をしたくもなるだろう。


「香りって、人間の記憶と深く結びつくっていうじゃない。ほら、なんだっけ? あの……ナントカ効果っていう……」


 ここでさらりとその言葉が出てくれば、いかにも知的なのだが。どうにも、年齢を重ねるうち必要な言葉がスッと出てこなくなってしまった。私はもどかしさに、トントンとカウンターを軽く叩いた。

「ホラ、『昔の恋人と同じ香水で、その人のことを思い出す』……なんて歌が前に流行ったじゃない。それと同じでね。私はキンモクセイの香りがすると、ある人のことを思い出しちゃうの」

 奥さんは、ああ、とかうーん……とか。曖昧につぶやきながら細い指でストローをつまみ、先端に唇をつけた。氷が崩れて、カラン……と涼しげな音をたてる。

グラスの周りにたっぷりとついていた結露が一滴、つうっと伝い落ちる。紙製のコースターに触れた瞬間、すっと消えるように吸い込まれていった。




同作品をpixivにも掲載していますが、こちらでは初投稿です。慣れない点も多いと思いますが、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ