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Oh Savior





「待ってこれ難しい……水車がいっぱいあるのを見て、怪しいと思ったんだよね? たくさんある物だろうって思ったのは、膨大なエネルギーを作る必要があるから?」

「半分はそれが根拠ですね。もう半分は冗長性ってやつです。何か一つに動力を集中させると、そいつが壊れた時に全部止まっちゃうことになるので」

「はぁー……」


 真剣な顔で悩んでいるフローリスに助け舟を出すと、素直に感心するのでまた微笑ましい気持ちになる。本当によく似た姉弟だ。

 種明かしをすれば──リュベージュの転水盤を初めとする塔型の大規模魔導システムは、だいたいどれも同じ設計で動いているのである。何を動力にするかは、その土地や文化にも大きく左右されるものの、動源のリスク分散自体を行っていない巨大建造物など聞いたことがない。

 公に秘匿されていようがいまいが、地上で働く職方の口に戸は立てられないのだ。せいぜいがところ「どこで」「何を」具体的に用いているかが伏せられる程度で、根底の理念まで隠しおおせることはできない。


「姉様の言った通りだ。すごいなぁ」

「いや、実はそうでもなくて」


 感心しきった顔の少年に、少し据わりが悪くなったコーネリアスはもそもそと言い訳を始めた。正直なところ──この街に来てから特に──自分が提供している価値と受ける評価に明らかに乖離がある。

 たまたま商都に生まれたから、枢機卿クラスのお歴々とタメ口で喧嘩するような師を迎えたから、そして何より、労働者として立ち働いていたから知っているようなことばかりだ。同じ立場にあれば、誰でも──とは言わないまでも、半分くらいの者は持っている世間知である。言ってしまえば、やはりこの人たちは労働者階級ではないのだと、改めて思い知らされるギャップでしかない。


「僕が知っていることの多くは、なんて言うか……仕事としてそこにいたから得た経験値のようなものです。きっと、君が今から呼びかける子供たちの中にも、同じような──下手したら僕より詳しい子がいるかもしれない」

「そうだね。僕も姉様も結局は貴族だし、領主の子供だ。生きていくために、初等学校に通いながら働いていたような経験はないです」

「あー、いや、それが悪いって意味ではなくて」


 責めているように聞こえていたらまずい。慌てて釈明しようとするコーネリアスに、フローリスはくすりと笑って頷いて見せた。


「うん、分かる。悪いって言われても僕らも困っちゃうし。でも違うことは違うから、両方の話を聴ける人がいてくれるのは心強いって話」


 完璧にフォローされてしまった。

 出来た人だ。これで14歳? 人間力が違いすぎて愕然としてしまう。本当に言いたかったことが届いているとも思えず、コーネリアスは黙ってその場に立ち尽くした。

 しばし、無為に鳥の声だけを聴く。


「……ここの人は皆、僕が特別なことを知ってるみたいに言うけど」

「うん」

「僕だけが知っていることがあるとしたら、誰が何を知っていて、どこに行けば分かるのか、それぐらいだと思う」


 辿々しい言葉をじっと聞いていたフローリスは、姉によく似た新芽のような明るい目を細めて、「うん」と再度頷いた。


「それはねえ、ちゃんとすごいことだと僕は思うよ」






 カラン……カラン……カラン、コォン──。

 導塔の中階から、カリヨンの音が響いた。

 すぐ足元の市街地に住む子供たちが駆け出す。「浮桟橋の管理小屋に集合」──フローリス様からの合図だ!


「集合だよ!」

「集まれ、集まれ──」


 走りながら家々に声をかけて回る。浮桟橋の管理に携わる、12歳以下の子供たちが続々と合流してきた。


「何かあったのかな?」

「領主館にお客さまが来てるらしいから、それかも」


 水場が凍りがちな冬季に橋の上げ下ろし自体はあまりないはずだけれど、代わりに役立てることができたのかも知れない。大人たちの目の回るような忙しさをただ見ているだけで、元気がありあまっていたのだ。

 最終的に、小屋に入りきらないぐらいの人数が集まった。年嵩の子供が代表して、小屋のあちこちに火を入れる。香炉を立ち上げた途端、導塔からの通信が入った。


『おはよう! うわー、たくさん集まってくれてありがとう』


 香炉の上に浮かんだのは、塔の管制にいると思しき領主さまの坊ちゃんの光像だった。傍に見たこともない魔法使いを置いている。見た感じ坊ちゃんとあまり歳も変わらない、貴族には見えないけど──あれがお客さまかな?


「フローリス様ー!」

「どうしたんですかー!?」

「その人だれ?」

『姉様のご学友だよ。今日はみんなに手伝ってもらいたいことがあって呼んだんだ』


 どうぞ、とフローリスに促されて一歩前に出た魔法使いは、若干挙動不審ながらもコーネリアスと名乗った。


『この領の子供たちは、浮力制御が得意だと聞きました』

「得意だよー!」

「わたしもー!」

「魔法でお手伝いするのー?」


 魔力が必要な話なのか、と、それ以外のところで橋の管理に携わっている子供たちが興味を失いかけたとき──『うん』と頷いた魔法使いは、


『橋の管理も魔法だけでやっていたわけじゃないと思います。今からするお願いもそう──全員の力がいる話です』


 と、言った。






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