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Under The Sun

2025-08-22 04:00

下書き状態に見えるんだけど、ちゃんと公開されているでしょうか…




 お嬢様とは同い歳だ。同じ年の夏と冬に生まれた。

 魔力の強さも、たぶん賢さも、絵画の天使像から抜け出てきたような姿かたちの美しささえ、よく似た子供たちだった。

 卓越した才能をもてあますかのように、大人が絶句するような事件をたびたび起こした。浮桟橋の管理を手伝うといっては、見渡す限りの沼地に広がる全基をいっぺんに動かそうとしたり、湿地を荒らす野良スライムの討伐を企てて、日頃は女神のように優しい副院長に魔王のような迫力で叱られたりもした。




 9歳のある日──。

 老いた修道師が、この歳まで生きてきて一度も自分の奇蹟を目にしたことがない──と寂しそうに笑うのを聞き、夢でもいいんじゃないか、と、2人がかりで光臨の幻を見せようとしたことがある。

 写本室から写本を持ち出してきたのがお嬢様で、アンドリースは光術の構築を担った。子供の未熟さを理解していた子供たちは、確実にできる範囲を設定して臨んだし──その実、拍子抜けするほど簡単に術は成功した。

 泣き崩れる老師を見た時には、うまくいった、と思ったものだったけれど。

 他でもない老師の報告により、小さな主従のしでかしたことはすぐに露見した。そうなるだろうなと思っていた程度に大問題になり、それぞれ別室で説諭を受けることになった。

 悪い事をしたとは思っていない。引き離される直前、そう呟いたアンドリースに、お嬢様はひどく誇らしげに笑って、


 ──リースなら、わかってくれると思ったわ。


 と、言った。




 それでも──。

 結果は散々だった。

 小審議会が持たれるくらいに教区は紛糾したし、肝心の老師に至っては、「神の道は自分にはない」と宣言し、修道院を出てしまった。

 大人たちに酷く叱られたことより、老師本人が修道を退いたことの方にショックを受けて、2人で泣いた。還俗して、それなり幸せにやっていると、いまだに便りをくれる祖父のような存在だけれど──あの時のことは、2人の心に共通の深い爪痕を残していると、アンドリースは今でも信じている。

 当たり前のようにずっとそばにいた。

 ひと揃えの組絵のような子供たちは、肉親のように育ったし、いずれ主従になるのだと知っていた。それでいて、友人でもきょうだいでもないのだ。

 住む場所が同じだった。そうとしか言いようがない。

 ハリエット様は、そのうちリースと結婚してよく領地を治めてくださるだろう──と、顔見知り程度の領民の口の端にものぼるほど、それは既定路線だった。きっとそうなるのだろうとぼんやり思っていたし、お嬢様もよく同じことをおっしゃった。リースと私は、ずっと前からもう家族だものね。……

 そうかもしれないなと、その度に思った。お嬢様の言葉は、何もかも正しく聞こえる。




 ヘーゼ領には、初等教育はもちろん、分野は限られるが中・高等教育も受けられる大きな教育機関がある。12歳までは、アンドリースも一緒にそこへ通った。その時はただの、金細工師の弟子として。

 12歳になると、お嬢様は領主教育を始めた。弱音を吐く人ではないと知っていたから、周囲に手を回してそれなりに情報を集めた。

 そんなことで大丈夫なのかと思うけれど、塑像のような少年が無邪気に「お嬢様の力になりたい」と口にすれば、どこそこの議場に出入りしていただの、討伐遠征の後方支援に随行していただのといった断片的な話が集まってくる。

 時々隠れて泣くようなことがあっても、主人が課された責任を誇らしく思っているのは理解していたから──何も言わずに、ただ力になれることを探して学んだ。何も知らない母が、従者としての教育をつけてくれるようになったのは僥倖だと思った。

 お嬢様ができるようになったことは、できるようにしておかなければならない。




 ──え?

 ──なんだリース、知らなかったの?

 ──お嬢様、王都の学院に行くんだって。


 14歳の夏だった。公共学校の同輩だった郷士の子から、そんな話を聞いたのは。

 このところ後継者教育もますます本格化して、気づけばあまり顔を合わせていなかった。知らなかったことより、人づてに聞かされたことの方に、自分でも驚くほどの衝撃を受けた。

 王都の学院──。

 襲爵資格のためか、と思った。他に手段がないわけではないが、この国に生まれて、爵位を継ぐにはそうするのが一番通りがいい。

 特に教会領のような特異な土地の貴族なら、臣下としての恭順を分かりやすく示しておくのも手のひとつだ。教会と王家はつかず離れず、狐と狸の化かし合いのようなのらりくらりとした関係を続けている。地方の小領主としては、二心のないことを明らかにしておいて損はない。

 納得しそうになったけれど──。

 なぜだったのだろう。直接話したほうがいいと、その時不意に思ったのだ。

 長い日没前の、茫洋とした時間だった。“蝶”を飛ばして尋ねると、「浮桟橋の管理小屋にいる」と返信があった。このところ雨も少なく、水難もないはずで──もっとずっと小さい頃、作戦を練る隠れ家にしていたことを思い出して、懐かしく思ったものだった。

 窓から橋の連なりが見える小高い丘の上の小屋で、お嬢様は何かの記録を読んでいた。きちんと装丁された本ではなく、糸で紙を束ねただけの、何かの手記のようなものだ。投げ出された荒縄な束の傍に、使い込まれた筆記具とメモが広げてある。

 傾きかけた夏の陽が長い髪の輪郭を描き、天気雨のように細かく輝いていた。逆光の後ろ姿は驚くほど華奢で、この人はこんなに小さかっただろうか、と思う。後継者として、また聖女としてふるまう彼女の姿にはいつも覇気があり、きっと大きく見える。

 ふっと、その背中が振り向いた。

 美しい少女だと思った。よく知っていたはずだけれど、初めて知ったように思う。

 西陽を跳ねる水面と、同じ色をしたストロベリーブロンド。新緑のような明るい、透き通った緑の瞳。絵筆でなぞったような細密な睫毛の縁どり。薄い唇は、最適解を求めた結果として、いつでも淡く弧を描いている。


 ──リース。

 ──あなた、本当に綺麗ね。


 合わせ鏡のようにそんなことを言われて、ひどく安堵したことを憶えている。やっぱり自分たちはよく似たままだ。少しくらい大人になっても。


 ──僕も同じこと思ってた。

 ──なあに? 自分が美しいってこと?

 ──違うよ。お嬢様って、綺麗な人だったんだなって。


 勝手に椅子を引いて座った。

 一瞬静かになる。不愉快な沈黙ではない。


 ──王都の学院に行くの?


 尋ねると少女は、メルから聞いたのね、と、気のいい郷士の子の名を挙げて肩をすくめた。いい子なんだけど、口が軽いのよねえ。


 ──襲爵資格のため?

 ──それもあるけど、臣下の礼も取っておかないとね。

 ──まあ、分かりやすいよね。聖国の明星も(おわ)す学院だし。

 ──話が早くて助かるわ。


 くすくすと笑って、お嬢様は窓の外に視線を戻した。

 憂鬱な沼地を漂う桟橋の上げ下ろしは、昔から領地の子供たちの仕事だ。幼い子はここで規律のなんたるか、労働や奉仕の基礎を学び、年嵩の子は統率と責任を身につける。

 そして、みんなここで魔法を練習する。

 少しの間、領政について話をした。学んでいることを擦り合わせる絶好の機会だと思ったし、案の定2人の考えることは、今この時になってもよく似ていた。思いつく対策や問題意識が近しいから、打てば響くように話ができたと思う。

 ずっとこんな風にして生きていくのだと思った。




 だから──。

 同じように窓の外を見て、同じ目線で話していたお嬢様が、不意におそろしく真剣な目でこちらを見た時、らしくもなくびくりとした。


 ──みんながね、私はリースと結婚して、いい領主になるっていうの。

 ──私もずっとそう思ってた。


 なんで過去形なんだ。

 愕然とする少年の頬に両手をそっとあてがい、聡明で正直なお嬢様は言った。


 ──リース。

 ──私はあなたのことが大好きよ。

 ──一緒にいると、それが当たり前なんだって思って安心する。

 ──でも、あなたを見ていると、

 ──ときどき自分を見ているみたいだなって思う。


 それは──。


 ──僕もそう思う。


 頬に触れる手を上からそっと支えた。ほとんど生まれた時からそばにいた、鏡写しのような子供たち。


 ──すごく幸せな家族になると思う。

 ──でも、領主の結婚は、それじゃだめなんだわ。

 ──私たち、お互いが間違っても、きっとそれを止められない。


 ()()()()()()()()

 そう──思ってしまった。お嬢様の言葉は、こんな時でも、何もかも正しく聞こえる。







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