蝋燭の会話
聖光燭と呼ばれる魔道具がある。
見た目はただの燭台である。讃頌の金、平癒の白金、啓蒙の真珠、敬虔の銅、そして中立の銀。任意の聖紋に反応し、5種類の光を点すだけの、ごくシンプルな道具だ。
最大の特徴は、5種の燭台それぞれが、聖紋で紐付けられた架台の上すべてに複製されるという点である。聖紋の効力は、それらが生成された修道院や聖堂の日時計に帰属しており、管理者の魔力量に依存するという縛りこそあるものの──ペアリング済の聖紋さえ刻印されていれば、理論上はいくつでも増やすことができる。
いわゆる聖遺物にあたる。「創世記」に登場する古代文明の名残として、400年近く前、ブルジメールの谷に建てられた修道院の地下から出土したものだ。
明らかに燭台の形をしているのに物理的な炎ではなく、聖魔法による点灯を必要とする。発掘された実機の時点ですでに──主燭の1基を点火しただけで、東西南北の4点に同色の光源が発生するというマッピングの萌芽は備えていたそうだ。そこから数世代にわたる試行錯誤と改良を経て、現在に至る。
つくづく聖魔法、そして古代文明というのは、規格外の存在である。改めてその異色さに感嘆しながら、コーネリアスは検査票の次のページをめくった。
「聖光燭にもチェックは入ってるから、魔力伝導は確認したんですよね?」
「当然。末端の1基が点灯してるか、5系統全部見ないとならないからね。病棟とか学舎とか、アンタじゃ入れない区域もある。これに関しては、さすがに僕もサボってないよ」
挑みかかるような言葉が返ってくる。正直かなりほっとしたのは確かだ。アンドリースの言う通り、5系統、60基を超える燭台が直列に結ばれたこの聖魔道具は、末端まですべてに魔力が通らないと、1基も点灯しないという狂気の設計である。それでいて、どこの施設でも設置面積はかなり広い。小規模なエネルギーインフラと言っても過言ではない。
万一ひとつの系統が死んだ時、指定の区画がまるごと暗闇に沈んだりしないように、かならず汎用光の銀を織り交ぜて配置するのが慣例となってはいるものの──銀も飛んだらなす術がないという意味では、相当にギャンブル性の高い祭具だ。祭具なのに?
絶対に改良した方がいいと思うけれど、祝祭期というプロジェクトが動いている真っ最中に改造に着手するような無謀さは、コーネリアスが叩き込まれてきた職人の規範の中にはない。
付属の系統図を開いて、角の多い文字を目で追う。
「金が大聖堂──と典礼空間?」
「末端は主祭壇の最奥の架台」
「白金が治療院の病棟、宿泊棟」
「ここと学舎に関しては、部外者には明かせない」
「構いません。回廊、巡礼者向けの銅光は?」
「正面玄関の左門灯。右が汎用だね」
即答だ。重ね重ね、よく勉強している。系統図が頭に入っているなら、大体のことはこの人に聞けば分かるだろう。
「完璧ですね。じゃあ、あとは回流試験か……」
時計をじっと見ながら呟く。時刻は夜7時すぎ、深い青だった時結晶が、青空のように澄み始めている。だいたい15分くらいだろう。一番の大物といってもいい聖光燭の最低限のチェックが済んでいるなら、大事をとってこれだけはやっておきたい。
「回流試験? 導線の耐久テストの時とかに出てくる言葉だな。遠隔で魔力を通す道具に関係あるの?」
「そうですね。この場合は、簡単に言うと飛びそうな箇所を検出するという意味です。テストパターンを出してみてもらえますか? 接続だけ成立させてもらえれば大丈夫なので。……ああ、」
病棟と学舎は秘匿性が高いのだったか。方解石を弄んでいる修道師に目を遣ると、食い入るように見返された。相変わらず、目が強い。
「病棟と学舎は、僕が触れないのであれば、代わりにお任せすることになります。簡単なので、見ていてください」
試験用の汎用紋がふっと宙に浮かんだ。中央に抽象化された回路と導線、方位装飾は歯車や波紋、音叉。銀環に囲まれた文字は知らない聖句だった。5基の燭台がそれぞれの色にふわっと灯る。
「これはもう、特別な技術も何もありません。ひたすら直感的な話です。魔力を通す時と同じ、流れる力に乗っかる感じ……」
金光の燭台を選んで、アームの中心に据えられた方解石に触れる。途端に流れ込んでくるのが、紋章で連結された従燭台の群れだ。主祭壇、側廊、聖歌隊席……今は実物の蝋燭が据えられている、壁の架台。
──内陣入口……、聖遺物安置室。
指先から流れ出る力に、ほんの少し異物感がある。さらに細かく絞り込んでいくと、奥の1基に目詰まりのようなものを感じた。他に違和感がないことを確認してから、石に当てた手を離す。
「聖遺物安置室の──あれは壁龕……かな。1基は伝導が不安定ですね。設置が甘いとか、そういう物理的なことだったらいいけど」
「ふうん? 見てきてみるか」
言うが早いか、首根っこを雑に掴まれた。




