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日影石




 梯子に毛が生えたような、狭くて急な階段を昇った先に通されたのは、ちょっとしたサロンのような、それでいでがらくた置き場のような、不思議な小部屋だった。

 大きなアーチ窓が、目抜通りの側に開けて、柱にくくりつけられた松明の火が山吹色に揺れている。窓辺に並べられたガラス細工は、深緑から黄色に近い澄んだ鶸色まで、さまざまな濃淡の豊かな彩りをみせていた。陽の下で見ればさらに鮮やかだろう。


「きれいだろう。翠砂晶ってのさ。砂型の魔法生物と硅砂を一定の配合で混ぜるとできる。濃かったり薄かったりするのは、銅や鉄を足してね」


 作業台の上に広げてある、磨きかけのガラス片やペンダントチャームを素早くどけると、リェンは手前の椅子を示しながら「勝手に座って」とコーネリアスを促した。

 頷いて椅子を引く。


翠砂(これ)の話を聞きにきたんだろう?」

「……あ、いや、オレントさんに。リェンさんが今時季、採取も行けなくて引きこもってるだろうから、顔出してやれって言われて」

「なんだいそりゃあ。なんでも馬鹿正直に言わなくッていいんだよ」


 ケタケタと笑いながら、リェンは小さな暖炉にかけた小鍋の蓋を開けた。弱い酒精の香りに混じって、林檎の酸味が鼻腔を刺激する。


「ちょうど林檎酒をあっためてたんだ。飲むかい?」

「寒かったから、ちょっともらいます」


 オレントのところでチコリ湯を()()()()飲まされたので、ここでは自制しておこうと思った。宿に戻ったらきっと食堂に行くことになるだろうし。「長椅子」で寝るようになってからは、以前より食欲もあるので、食べられないということはないと思うけれど、念のため。


「あたしも戻ってきたばっかりだって言ったろ。めんどくさいからもう、夕餉も買ってきて済ませようとしてたんだ。何もなくて悪いね」

「この季節に、採取できる場所があるの?」

「あるさ。寒かったよぉ」


 得意げに胸を張った職人は、椅子にかけてあった鞄からガチャガチャと音を立てて、何か丸いものを取り出した。ひとつ、ひとつ、コーネリアスの目の前に置いていく。

 コト。

 コト。

 それは──おおむね大人の親指くらいのサイズの、きれいな繭型の石のように見えた。

 磨りガラスのように半透明の、陽の下で見る南の海のような明るい空色やミントグリーン。かと思えば濃いオレンジや朱色、黄色の光沢ある丸石も混じっている。雲模様や波模様などのインクルージョンが、縦横無尽に石の中を走っていた。

 ひとつとして同じ模様がない。


「瑪瑙?」

「そう見えるだろう? これがね、卵なんだ」

「卵──生き物なの?」

「生きてるような、死んでるような、ね」






 日影蝶という魔法生物がいる。

 見た目はなんの変哲もない蝶に見える。事実、生態としてはほとんど昆虫である蝶と変わりない。春から夏に産卵し、秋の終わりに蛹となって、厳しい冬を耐える。氷解祈とともに成虫となり、夏を迎える前に死ぬ。違うのは、何を糧にして生きるか、それだけである。

 日影蝶という生き物は、打ち捨てられた生物の棲家に忽然と現れる魔法生物だ。多くは廃村や獣の巣だった洞などに根を張り、その場所を思い出す命がある間は、ずっとそこで生きていく。

 土地の記憶を持つ者が死に絶えたり、新しく入植され地脈が塗り替えられると、そっと次の放棄地を探し旅立っていく。

 不思議なことに──日影蝶たちが去るのは決まって冬の終わりで、目醒めるのが遅い繭はその場に残されるのだそうだ。

 置き去りにされた繭は、〝永遠の眠り〟につき、そのまま美しい化石となる。

 「日影石」というのが、ずっと夢を見続けるその石の名前である。






「ヘンボーン王国の外れに、百年戦争のあと疫病で廃れた村があってさ。日影蝶の巣になってたみたいなんだ。最近そこが王命で再開発されてね。こりゃあ夢繭玉があるんじゃないかって、行ってきたらこれがまあ、大当たりさ!」


 腕組みをしたリェンは、大きく胸を張って鼻高々にうそぶいた。とても天然のものとは思えない、均等な縞模様の入った赤い石を弄ぶ。


「夢繭玉」

「ああ、夢のお守りになるからね。商人とか学者は日影石って呼ぶけど、あたしら職人は夢繭玉って呼んだりするのさ。精神干渉系の魔法を遮断するからね。軍や冒険者に人気があるんだ。たいした加工しなくたって飛ぶように売れるよ」

「精神干渉──夢属性探知とか?」


 コーネリアスが尋ねると、リェンは満足げに小さな目を細めて、「察しがいいじゃないか」と笑った。


「さすが王都の特待生様は違うねえ。そう、夢繭玉の一番の効果は夢属性探知、影属性探知のブロックさ。珍しい模様が入った石なら宮廷に卸すのが一番だね。足の引っ張り合いに汲々としてる連中はこれがなきゃ眠れないって言うくらいだ──」


 意気揚々と語る声が遠くなっていく。自分が高揚していくのを肌で感じながら、少年は目の前の石をじっと眺めた。

 乾燥月桂樹を媒介にした計算魔法の魔道具には、ひとつ大きな欠点がある。手動で魔力を通さないと発動しないということだ。匂い袋のように、四六時中香る設計にすることはできるけれど、それだと燃費が悪すぎる。乾燥月桂樹は決して安い素材ではないし、富裕層にしか使えない道具になってしまうだろう。

 それに──眠るときに使う魔道具なのに、起動が必要という構造にはどうしても納得がいかなかったのだ。疲れきっていたり、具合が悪かったりして、気を失うように眠ってしまったら役に立たない魔道具なんて、とても安全な設計とは言いがたい。使用者への負担が大きすぎる。


「なんだい? 興味あるのかい」

「うん。これ、身につけてるだけでいいの?」

「そうだね。身につけた生き物の夢を、それこそ繭みたいに覆って守ってくれる。ああ、そういや教会の連中にも売れるんだ。()()()()()()()()()らしくってさ。できないのかな」

「それは」


 ──絶対に欲しい。

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