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「だからお前は、なんでそう毎回毎回ややこしいことになってんだ」


 苦虫を百匹は噛み潰した顔で、職人は明るいサファイアブルーの目をコーネリアスに向けた。鏡面を鑢でこそぎ落としたような、陰影の強い銀髪を後ろでひとつに結んでいる。

 氷狼のように刺々しい、まあ美形である。年の頃は三十路くらいか。あまりに取っつきにくいため、工場町の強い女たちをして「鑑賞物」の枠に入れられているようだ。見るからに東方の辺境国領を治める大貴族の色合いが強く出ているが、子供の頃から工房の子として溶け込み、周囲にとやかく言う者もいない。

 マルデレの東端、職人街とはそんな場所である。仕上がりの質だけがものをいう。血統だの門地だの、露ほども気にされていない。

 何せ軒先に銘すら出ていない工房なのだ。聞けば三代前からこの調子なのだという。


「先の夏は『歪まない鏡が欲しい』だったか? その前は『温度で色が変わる素材が必要だからガラスでできないか』? あのアザミの綿毛兄妹、いい加減オットーのじいさんに雷落としてもらった方がいいんじゃねえのか」

「オレントさんも知ってるだろ。先生はむしろ乗っかってハードル上げてくるほうだよ……、それに今回は、あいつら発端じゃない」

「はぁ? また別口抱え込んだのかよ? やめとけやめとけ。身が保たねえぞ」


 炉の脇に立てた椅子をガタガタ引きながら、オレントと呼ばれた男は高い鼻梁の煤を拭った。

 切妻屋根の工房の2階、最奥にある客間兼休憩室。手作りの──あまり建てつけの良くない──テーブルの上に、山と積まれた試作品の数々を傍へ追いやりながら、怜悧な男は律儀に巨大なガラスのカップを出してくれる。試作品のひとつらしく、持ち手が微妙に歪んでいた。

 炉端に吊るした鉄瓶から雑にチコリ根の煮出し湯を注いだ。香ばしい、どこか泥くさい香りとともに、破璃の器から気だるい湯気が立ち上る。


「カップ? ガラスの?」

「お前の無茶振りの副産物だ。耐熱器の研究ができたのはまぁ、良かった」


 一定時間をかけて色の変わる時結晶をひとしきり眺めて、「これ他の素材でもできない?」と無邪気に言い放ったのはウィレミナだった。考えてみたこともなかったけれど、少し考えてみたら「できない」とはとても言えない案件で──心当たりの素材の産地を駆けずり回った結果、たどり着いたのがこの技術用ガラス製造の一画だ。

 興味本位でさまざまな素材をいじくり回してきたコーネリアスが、偶然「ガラスは混ぜ物により色が変わる」という経験則を知っていたおかげで、偏屈な職人連中に思いの外暖かく迎えられ、すったもんだを経て今に至る。


「冷めるぞ。飲まねえのか」


 ズズっと音を立ててチコリの湯を啜りながら、オレントが話の合間に薦めてきた。案外細やかなところがあるのだ。

 それにしてもでかいな。

 発育が悪いとはいえ、小柄な16歳の少年が両手でどうにか持てるほどの器に苦労して口をつける。カップというより調合器(ビーカー)に近い。


「重い……」

「相変わらず非力だなお前。ちったあ鍛えろ」

「あー、まぁ、そうだね……」


 さすがに舟舞台の端から端まで全力で走れなかったのは問題を感じた。少年が曖昧に頷くと、氷柱のような美青年は、自分で焚きつけたくせに狐につままれたような顔をする。


「何だよ気持ちわりいな。引きこもりの意地はどうした」

「足手まといにはなりたくないなぁと、思うことがあって」


 三大公爵家の次期という──魔力も腕力も財力もすべてがお化けみたいなストーカーを眺めていると、本当の脅威は、回避するだけでも苦労する場面を無数に生み出してくることを否応なく思い知らされる。逃げ隠れに絶対の自信を持つ日陰の魔法使いとして、無策というわけにもいかない。

 回復の魔道具のおかげで、最近元気だし。

 オレントは、何かに納得したように肩を竦めた。恐ろしく頭が切れるのに果てしなくやる気がない、ただただひ弱な子供だと思っていたが、ひ弱なりに成長を始めたらしい。


「ま、モヤシが張り切っても空豆にゃなれねえからな。身の丈に合った範囲で励め」


 ゴトン、と、重々しい音を立てて、中身が半分ほどになった耐熱カップをテーブルに置く。


「──でだ。なんたってそんな身の丈に合わねえ話になってんだ。テムズン大聖堂の聖定会で、偉いさん全員に見えるように魔法を映したいだって?」





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