旅をしませんか
友達に教えてもらって気づきました。冒頭のコピペをミスって意味不明な始まり方になってた…。
書いたものはちゃんと読まないとダメですね…。すみません…
「もうすぐ降誕祭ですわね」
「楽しみだわ。今年も王宮の夜会はあるのかしら」
「あら、殿下が聖夜をお過ごしになりたい相手はもう決まっていると思うわ。他の者を集めたりはなさらないのではないかしら」
チラチラこちらの様子を伺いながら、うっとりと語り合う令嬢たちの間を、分厚い本の山を抱えたハリエットは高速で通り過ぎる。聞こえない、聞こえないわよ!
何が祝祭月だ。地獄の一週間だ。図書室にたどり着くと、くさくさしながら勢いよく抱えた本を棚に戻した。ドスドスと、令嬢の手元から出たとは思えないほど重たい、鈍い音が響く。
ヘーゼ領の暦は、訳あって世間一般から8日ほど遅れている。こちらで言う雪月の2日が正式な祝祭にあたり、ハリエットが帰省して儀式を行うのもちょうどその頃になるから、王都がお祭り騒ぎになっている間は身を潔して礼拝でも行おうかと考えていた。あのストーカーも礼拝堂の奥までは乗り込んでこないはず。
聖誕市場、行きたかったな。
悲しくなってきた。せっかくその時期を王都でのびのびしてきたら、と母には言ってもらっているのに、リュドミラと出店を冷やかすこともできそうにない。もっとも彼女にも、一緒に過ごす相手は別にいるのかもしれないけれど!
——ずっとそうしてる気?
気の置けない友人の顔を思い浮かべたら、一緒に手痛い突っ込みまで思い出してしまった。首にかけた魔道具のある辺りを、そっと指で触れる。
宝飾品、じゃない。これは魔道具。護身用にもらったもの。わかってる。
未婚の女性に宝飾品を贈る意味なんて、これを贈った人はきっと知らない。貴族の教養として、頭に入れてはいるかもしれないけれど、万に一つも過ぎったりはしなかっただろう。
ずっと——。
こんな風に言い訳をしながら、理由をつけてそばにいる未来を選ぶのか。そもそもそんなあり方が許されるのか。
「リュベージュの仮装巡行? 行くの?」
いいなあ! と言葉以外の全身で発したハリエットが目を丸くするので、笑ってしまった。
王都の北、かつては軍港としても栄えた聖国最大の貿易港と運河の街。ヴァンダレイン商圏の中心地、リュベージュの街の降誕祭には、貴族から平民まで幅広く根づいた独特の文化がある。
それが「仮装巡行」である。
職能ギルドや集落を挙げて、それぞれのテーマや象徴をあしらった仮装を身にまとい、酒場や旅籠をねり歩く。
もともと商人街の祝祭として萌芽はあったその祝祭を、一大イベントにまで引き上げたのは、他でもないかのトレンレーツ商会の長である。
本当に興行ごとに目がない。
かくして──上は王族から下は農村の子供まで、ヴァンダレイン商圏の降誕祭は、色とりどりの衣装と無言劇で埋め尽くされる七日間となった。
たかが祭りと侮るなかれ。その場に居合わせた者なら誰でも票を投じられるコンペティションが行われ、最終日の午前0時には、最も優れた仮装に選ばれた作り手が「無法王」として即位する。王の権威は、夜明けとともに解かれる程度のささやなかなものだが、そこから次代の選出まで一年にわたって、王の帰属する集団はにさまざまな便宜が計られる。目の色も変わろうというものだ。
「ハリエットも来る? ついでに仕事を手伝ってもらえると助かる」
「お仕事で行くの?」
「まあ、仕事というか、無茶振りというか……」
コーネリアスがこの時期のヴァンダレインに招かれているのは、魔法使いギルドの仮装を手伝うためである。人使いの荒い兄妹に、アイディア出しから実装まで馬車馬のように働かされる。ちょっとした小遣い稼ぎにはなるし、領地に戻ってろくでもない目に遭うより遥かにマシだから、別にいいのだけど。
「魔法使いギルドのマスターのところのご兄妹よね。昔から仲がいいの?」
「ほとんど生まれた頃からの付き合いだからね。領地に引き取られるまで、隣の家に住んでたんだ」
魔法使いのくせに──偏見──やけに陽気で社交的な兄の思いつきに任せて、手当たり次第に呪符や道具を作っていたことを懐かしく思い出す。魔力量もしごく人並みなコーネリアスと違って、ギルドマスターの子らはさすがに錚々たる実力の持ち主で、つまり割と、ひどい時はひどい事になった。
旧校舎と同じくらいの面積の干潟を誤って出現させてしまった時には、さすがに「詰んだ」と思ったものだ。剛毅な兄妹はけろっとしていたけれど。
「そうなのね。お兄様のマテウス様にはお会いしたことがないけど、ウィレミナさんとは実技でときどきご一緒するわ。元気な人よね」
「兄貴はあの5億倍元気だよ。僕なんか喋ってるだけで疲れる。ドレインのスキルでもあるのかって思う」
思い出しげっそりとはこのことだ。ため息とともに呻くと、ハリエットはおかしそうにくすくすと笑って、じゃあ楽しみにしているわ、と言った。
王都からリュベージュまで、馬車で半日ほどだったろうか。まっとうな交通手段で行かなくなって久しいコーネリアスにはもうよく分からない。子爵令嬢を、辻馬車に毛が生えたようなギルドの足に乗せるわけにもいかない。転移魔法は過去に通過記録がないと飛べないし──と、つらつら考えていると。
遠足の前の子どもみたいに拳をぐっと握りしめて、それは楽しそうに、聖女様は言ったものだった。
「出かける前にちょっと寄れば済むかしら。それとも事前に手続きして行ったほうがいい? 魔法使いギルドに登録すればいいのよね!」
……えっ?