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天韻影

やっと!!!!やっと仮装準備です!!!!




 街の人々を帰したあと、おっとり刀で駆けつけた主任司教にことの顛末を報告し──三十回くらい同じ話を繰り返してようやく納得してもらった頃には、陽もだいぶ傾いていた。

 やれやれとため息をつきながら、ルデリックは大きく伸びをする。結局昼食もとり損ねてしまった。話の途中に目を合わせないようにして、若侍者がそっと置いていった銀盤の、すっかり冷えたスープを手早く腹に収める。

 明日からの聖告儀の手配は他の物に任せよう。結論から言えば、教会は神意を詳らかにできるまで、王族の訪いを謝絶するという結論を下した。いかなパッヘルベルクといえども、次期皇帝の指名権を持つ組織に表立って異を唱えたりはすまい。


 あの二人は──無事にギルドまで帰れただろうか。

 転移魔法でひとっ飛びなのだから、滅多なことはなかろうと思うが。

 公爵令息に追い回されているのだと、少女は見たこともない据わった目で切々と語った。ちょっと聞いただけでも、あまりにも気の毒な話だと思う。教会には多くの人が懺悔に訪れる。高位貴族に迫られ、弄ばれた者たちの嗚咽など、幾度聞いたか知れない。世間では面白おかしく夢物語のように吹聴されているが、謳歌しているのは間違いなく流星公の側だけだろう。

 そんなに追いかけ回しているのに、あの二人が共にいるところを見たことがないのだろうか。その時点でかなり──およそ10年ぶり二度目に顔を合わせただけのルデリックよりも──はっきりと距離を置かれている。

 純粋な移動のために差し出された少年の手を、おっかなびっくり握って──気恥ずかしそうに俯く顔は、どこからどう見ても、ただの16歳の少女だった。

 ただ必死で恋をしている。ひと目見れば、誰にだって分かるだろう。

 ──16歳か。

 何だかんだでもう成人である。かのブリュンヒルデ修道院長閣下が、好きなようにさせているはずだ。大きくなったものだと、親戚の小父か何かのように思う。上等な貴族席の椅子に、埋まるようにちょこんと腰かけていた、あのご令嬢が。





 ゴォン……





 典礼の鐘が鳴り、慌てて我に返った。浸っている場合ではない。やかましい魔法使いギルドの連中も交えて、改めて打ち合わせる約束をしているのだ。

 銀の香炉を手に、小礼拝堂の扉をくぐる。炉に火を入れ、通信を迎え入れる言葉を小さく唱えた。聖ルスナラの天韻にて、影を賜え──。

 ヴン、と、透き通った煙に見覚えのある光紋が浮かぶ。

 音と光の即時通信魔法、天韻影である。聖魔法に分類され、属性を持つ者同士でしか発動しない基幹魔法だ。


『──司祭様? よかった、繋がったわ!』


 朧げな光がゆっくりと像を結んだ。木工職人の弟子か何かのようないでたちに着替えたハリエットが、リネンの頭巾で長い髪をまとめて何やら忙しく立ち働いている。トンテンカンテンと建て込みの音が響き、誰かの『逆さだってばー!』という叫びが響いた。

 絶賛仮装準備中である。

 リュベージュの冬の風物詩だ。ほのぼのとした気持ちになった。


「申し訳ない、お待たせしたかな」

『いいえー! 私たちもやることいっぱいで……って、あらら』

『聖女さまぁ──! あぶな──い!』


 舌っ足らずの子供の声。メリメリとすごい音がして、大の大人がやっと抱えられるほどの太い柱が根本から倒れてくる。聖女は落ちてきた本でも受け止めるような仕草で、危なげなく片手でその柱を支えた。

 ミシッ。

 ただごとでない音がしたが今。大丈夫か。

 唖然とするルデリックをよそに、ハリエットは「よいしょっと」と緊張感のないかけ声を吐くと、おもむろに柱を担ぎ上げた。


『そっちに投げればいいー?』

『ストップストップ! 待ってハリエット嬢! それ何人か死ぬから!』

『その前に天幕が裂けるわ!』

『せっかく敷いた床に穴が開くな……』


 ギルドの兄妹がぎゃあぎゃあわめくのに混じって、書類の山を抱えたコーネリアスがぼそりと呟いた。言うが早いか、数枚が風に煽られて飛ばされ、うわァ──と情けない悲鳴を上げて追いかけている。


「……お取り込み中のようですね。少し待ってからの方がよろしいですか?」

『こっちが落ち着くの待ってたら夜中ンなるぞ。そんなことより、仮装巡行(オーメンジュ)に教会が祝福出すって話、本決まりでいいんだよな?』


 担ぎ上げた柱を()()()()と下ろすハリエットの傍から、赤い髪の魔法使いがヒョイと覗き込んできた。ルデリックは頷いて、布の巻かれた羊皮紙を取り出して見せる。


『祝祭参与祝詞状。印章もあるわ。書式も完璧ですね』

『おおー! それっぽい!』

「それっぽいじゃない。それそのものだ。ただでさえ雷に参っていたご尊父に筆をとっていただくのは容易じゃなかったんだぞ」

『はいはい、感謝してますってー』


 教会の認可を得た「祝祭行事」ともなれば、催事そのものをおいそれとぶち壊すようなことは誰にもできないだろう。野生の勘で生きるタイプのマテウスにとって、今日大事なのはそれだけだったらしい。書面を確認すると、あとは妹に任せたと言わんばかりに船の奥へ消えていった。

 そう、船──である。

 場所はどうやら屋外のようだ。ギルドの裏手、貨物の積み下ろしにも使われる船着き場に、平底の舟が停まっている。甲板には粗布の天幕が渡され、繊細な──長い銀線に魔力を通した装飾板が、チリ、チリ、と輝きながら定着を待っていた。天幕の隙間から冬空と鐘楼が覗き、魔法使いや職人たちがあわただしく行き来している。


『今年の演目はノアの箱舟がモチーフよ! 舟舞台、かっこいいでしょ!』


 星の砂を瓶に詰めていたウィレミナが誇らしげに笑った。

 ノアの箱舟か。


「ああ。とてもいい舞台だ」


 小礼拝堂の西陽にゆらめく星の図の帆布を見上げながら、ルデリックも釣られたように笑った。


 


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