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恋について

ずっと避けて通ってたんだけど、王妃と現王の名前などもろもろ決めました

めちゃくちゃ時間かかった……






 ザウスナ家は──三大公爵家の一角、ヌーボルニュ家に古くから仕える家門だった。アレクサンデルの母であるアンヌ・ド・ヌーボルニュが現王と婚姻を結び、共同統治となったヌーボルニュ公国に軸足を置く。

 古くは帝国貴族にその根を張り、現在は公国宮廷中枢に深く食い込む名家中の名家だ。

 〝王妃様〟と市井に親しまれるアンヌの実質的な身分は複雑である。ホルフェーン伯やヴァンダレイン伯などラーグランデン全体に散らばる伯領に加えて、金融都市パルウェンテをはじめとした大都市を束ねる3つの公爵位を継承している。彼女と婚姻を結んだことで、東邦所領エストラッハ公として封じられていたパッヘルベルクの権勢は飛躍的に拡大したといえる。


 伯爵、公爵、大公妃、そして聖王の妃。アンヌの地位はどの土地から見上げるかによって様々ではあるが、ヌーボルニュ公としての印象はやはり別格の威力がある。

 わずか19歳にして、父王の戦死とともに広大な所領を継いだ絶世の美姫。「我らの姫」と民に慕われた公女が、リベルタの〝蜘蛛〟と渾名される冷徹な王に領土返還を迫られ、窮地に陥ったところを救った現聖王との劇的な結婚劇は今でも人気の演目のひとつだ。

 現聖王グランディウス1世は、パッヘルベルク直系の嫡子だった。武門色は強いものの、婚姻政策などの平和外交に長けたかの家には珍しく、若い頃は武力行使にかなり積極的だったことが記されている。実際のところは聖王位への野心も含め様々な展望があった彼のさまざまな行動は、俗説ではすべてアンヌへの愛として捧げられたことになっている。

 埃をかぶっていた古典法の一文を盾に、当時8歳のリベルタ王太子との婚姻を迫られていた姫のもとへ駆けつけた救国の少年騎士。あくまでアンヌとヌーボルニュ家を主君と戴く広大な領邦の民たちが、パッヘルベルクにも深い恭順を示しているのは、ほとんどその時の武功が理由である。


 ──王妃様、ね。


 モルドワインの温もりで両手を温めながら、ハリエットはアレクサンデルの婚約式で拝謁を賜ったアンヌその人のことを思い出している。

 澄んだオリーブグリーンの長い髪。夏至のロゼワインに似た薄桃色の瞳。抜けるような白い肌は儚げで、妖精のような佇まいの、ガラス細工のみたいな人だ。

 元来大ざっぱな性格のハリエットのようなタイプには、なんの気なしに傷つけてしまいそうでなんだか近寄りがたい。19歳の彼女がとった数々の卓越した政策を見れば、そんな生易しい人物ではないと理解できるのだけれど。




 歌劇に戯作に──燃えるような恋の逸話には事欠かないグランディウスとアンヌは、元をただせば政略結婚である。

 アンヌが16歳、グランディウスが14歳の時に同盟と仮婚約が結ばれた。当時はまだヘーゼ子爵令嬢だったブリュンヒルデが解釈戦争に参入するか否かの頃。法定成人を下回る年代での婚姻に厳しい目が向けられ始めた時代だった。正式な婚約も済ませていない状況で、紅顔の美少年公子が姫を救うため軍を率いて東奔西走した、というくだりは民衆のお気に入りだ。


 平和な時代に生まれた傲慢の謗りを免れないかも知れないけれど──ハリエットにはどうしても、それらが無邪気に賞賛できる話とは思えない。兵站も覚束ない苦しい遠征の中で、姫を救いたい民や諸侯の助力を得て慢性的にダイヤの婚約指輪──というくだりを歌劇で観た時には、「今それいる?」と思わず口にしそうになったほどだ。

 ただでさえ危険が伴う行軍の中、そんな資金が動かせるなら戦費に充ててほしい。統治者としての教育が、素直にそんな感想を出力してしまう。政治的な同盟である政略結婚において、そうした儀礼や見せ方が大事なことは理解しているから、ハリエットがアンヌの立場でも止めはしないだろう。ただ物語のように、感動で泣き崩れるような気持ちになるかというと──渋い顔になる。


 資金繰りに慢性的に苦労していたという話を聞けば、末端の兵や後方支援に行くしわ寄せがどうしても頭をよぎる。そんな火の車の内情を押しての劇的なプロポーズ。直前まで従来の式次第をもとに準備を進めていた兵団や修道師らの心情を思うと、聖燭祭の急な刷新にすら相当な躊躇いがあったハリエットには、逆立ちしても到れる境地ではなさそうだ。

 こればっかりはもう感性の違いだ。どうしようもない。

 暖かいワインをひと口すすった。スパイスの香りがつんと鼻を突く。




 ヌーボルニュ公爵アンヌは、アレクサンデルの弟妹にあたる子を妊娠中、落馬事故に遭い重傷を負った。一時は生死の境をさまよったという。

 妻を溺愛するグランディウスは、事故の報を聞いたその脚で公子宮に帰還し、以来すっぱりと不要な軍事行動から撤退した。法王の前に跪き、最上級の治癒魔法である奇癒の術を乞うたとも言われている。

 絶大な効果を誇る奇蹟の回復魔法。ほとんどの傷や死病を癒すことができる副作用として、被術者はそれまでの記憶を失う。自分のことを忘れても愛する妻に生きて欲しかったのだと、これまた感動秘話として語り継がれており──妻の意志はどこにあるのだろうと思うと、どこまでも一方的な愛情表現に鼻白んでしまう。

 アンヌの夫への愛の物語も世間には溢れかえっているけれど、どれも似たようなものだ。あの両親を見て育っと思うと、アレクサンデルが()()なるのも頷けるような気がしてくる。

 盛大なため息が出た。


 ──私の名前と、ヘーゼ領(うち)のことを、王妃様が知らないわけないわね。


 ホルフェーン伯の座には、今でもアンヌ・ド・ヌーボルニュの名が記されている。ザウスナ家とクラウディア3世はあくまで代官であり、最終的な決裁はアンヌが下すことになる。

 複数ある伯領のひとつの小さなスキャンダルの火消しまで、いちいち王妃本人が精読することはない、と信じたいけれど。

 重ねられるのもぞっとしないが、自分たち夫婦の若かりし頃と同じように巷を騒がせている息子の相手役と思っていた聖女が──蓋を開けてみれば所領の末端に名を連ねる騎士の子と結婚しようとしているなどともし気づいたら──。


 ──どういう反応になるのかまったく読めないわ……。


 頭を抱えてしまった。歌劇よりも歌劇みたいな愛に生きてきたヒロインの心。シンプルに想像を絶する。……







恋について/aCae


観劇はリュドミラが招待してくれたんだと思う

風情のない感想を言って怒られます

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